« 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(4)
周到な工作
| トップページ | 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(5)
タクシー代と手切れ金 »

2005年9月21日 (水)

警察庁記者クラブ事件(3)
裁判官面接(第1回)

 2005年7月12日、舩川輝樹『週刊現代』副編集長と筆者、佃克彦弁護士は、東京地方裁判所民事第9部へ出頭した。民事第9部は、「民事保全法」に基づく仮差押えや仮処分、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV〈ドメスティックバイオレンス〉防止法)に基づく保護命令などを専門に扱うセクションで、「保全部」と呼ばれている。裁判官7名前後が大部屋で机を並べているのが特徴だ。

 我々は担当裁判官の机の前へ向かった。「青木裁判官」というネームプレートが机上に置かれていた。担当裁判官は立ち上がると、こう言った。

「本事件は『青木裁判官』が担当します」

 筆者は吹き出しそうだった。自分で自分を紹介するとき、職名までつける人間がいるであろうか。ふつうなら「本事件は『青木』が担当します」だ。それとも、ここでは、我々も、「どうも。舩川『週刊現代』副編集長です」「はじめまして。寺澤ジャーナリストです」「佃弁護士と申します」などと挨拶しなければならないのであろうか。

 裁判所と一般社会との常識の違いを痛感させられながら席についていると、青木晋裁判官(44歳)は、こうも言った。

「『記者クラブ』というのは、全国の役所にあるものなんですか。当所(東京地裁)には、『司法記者クラブ』というものがありますけど」

 一瞬、我々は凍りついた。

「こいつはヤバい。何も知らない」

 誰かが辛うじて、「はい」と答えた。

 記者クラブに関する議論は、長年、しかも広範囲で続けられている。海外でも、「kisha club」で通じるほどだ。もっとも、肯定的な評価は記者クラブ加盟社以外からは聞かれず、「権力と癒着しながら、ほかのメディアの取材を妨害している」という評価が定着している。

 近年、インターネット社会では、「マスゴミ」批判がはやりである。「マスゴミ」とは、「マスコミ」と「ゴミ」をかけた言葉。すなわち、「マスコミ」=「ゴミ」という意味だ。

 従前、「マスコミは人権に対する配慮が足りない」「特権意識を持っている」などと批判されてきた。しかし、「マスコミはゴミだからいらない」と極論が展開されるのは、個人が情報発信できるインターネット時代へ突入したからこそといえる。

「マスゴミ」批判を見ていると、相当部分は記者クラブ批判と重なる。我々、雑誌編集者やフリーランスジャーナリストなど、まったく特権はなく、それどころか役人が開く記者会見へ出席することさえ、役所と記者クラブから妨害されているため、こうして仮処分命令申し立てを行っているぐらいなのである。

 ともあれ、青木裁判官が、過去も現在も、国内でも海外でも、実社会でもインターネット社会でも、批判が集中している記者クラブについて、ほとんど知識がないことが判明し、我々は愕然とせざるをえなかった。

 実務的な話となり、青木裁判官は「債務者(相手方)を絞ったほうがいいんじゃないですか」と言った。確かに、債務者が「国(警察庁)」「警察庁記者クラブ」「同加盟社15社」と合計17者もあるのでは、当事者や代理人が裁判所へ出頭できる日時を調整するだけでも大変だ。

「債務者は、国と警察庁記者クラブ幹事社3社(産業経済新聞社〈産経新聞〉、テレビ朝日、日本経済新聞社=当時)に絞り、残りは留保されたら、どうでしょう?」と青木裁判官は提案した。

 本来、こちらは債務者を国と警察庁記者クラブの2者にしたい。しかし、警察庁記者クラブは法人として登記されているわけでもなく、当事者能力があるかもわからない。当事者能力がない者に対する訴えは却下されてしまうので、警察庁記者クラブ加盟社15社も債務者へ加えておかなければならない。それにより、だいぶ余分な手間と費用がかかることは覚悟の上である。

 一方、「記者クラブ幹事社」(当番制)が「記者クラブ」を代表する立場なのかどうかも不明だ。

 集団強姦事件で有名な早稲田大学生らによるサークル「スーパーフリー」(解散)でさえ、「和田(真一郎)サン」という代表者がいたことからすれば、記者クラブはなんとも緩い組織であるし、そのような組織が役所と組み、「取材・報道の自由」にかかわる記者会見を牛耳っているというのは、どう考えても正常ではない。

 結局、その日は結論が出ず、次回へ持ち越しとなった。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133720/5979201

この記事へのトラックバック一覧です: 警察庁記者クラブ事件(3)
裁判官面接(第1回)
:

» 「自由記者クラブ」設立の構想 [ニュースの現場で考えること]
記者クラブ制度に関連し、私はいま、ぼんやりとした「構想」を持っている。構想だから頭の中に描いているだけであって、それを実行できる物理的・財政的根拠は、何も持ち合わせていない。でも、こういうものがあれば、いいだろうなあと。まあ、夢想と紙一重かもしれないが。 記者クラブ制度の問題は各所で議論されていたし、今も議論されている。それはそれで大事なことなのだが、私自身は、この制度に関する問題点の洗い出しは終わっており、論点は整理し尽くされたと思っている。あとは、どこをどう変えていくかの具体論しかない。で... [続きを読む]

受信: 2005年10月 8日 (土) 14時53分