身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(5)
タクシー代と手切れ金
警察が、不正経理によってプールした裏ガネをどのように使っているかということについて、これまで私は、さまざまな場で話したり書いたりしてきた。
しかし、今回書く内容は、まったくの未発表のものだ。私がまさに「身を捨てて」告白しなければならない、裏ガネの使途である。
警備第1課に在任中、私は俗にいう「不倫」をしていた時期がある。気に入ったスナックを見つけて通っているうちに、女性従業員と「できてしまった」のである。
そして、お定まりの「外泊」。ここで私は大失態をやらかした。
外泊の翌朝、私はひどい二日酔いで起き上がることができず、妻には「飲み屋から職場に直行する」、職場には「実家の父親の体調が悪いので休暇をとる」と、それぞれに大ウソの電話をし、午前中、1人で寝ていた。
午後になって、さすがに落ち着かなくなり、宙を泳ぐ足取りで帰宅の途についたのだが、家に入った瞬間、まさに悪酔いの続きのような光景に遭遇した。
勤めに行っているはずの妻がおり、しかもあろうことか、私の直属の上司である亀井徹夫警部と、何やら深刻そうに話しているのだ。
「やっと帰って来たか。じゃ、話は職場で聞くから」
亀井警部は、私を連れてタクシーで警視庁本部に向かった。到着するとすぐ、誰もいない会議室で、私への事情聴取が始まった。
どうやら、妻が勤務先から、何かの用事で私の職場に電話し、私のウソがバレたらしい(当時、まだ携帯電話を持っていなかったことが悔やまれる)。そして直ちに、上司が事実調査のために妻を自宅に帰らせて、そこで話を聞きながら、私の帰りを待っていたのだ。
二日酔いかつ動揺した頭では、事情聴取で何の言い繕いもできず、私は、女の存在をペラペラしゃべってしまった。
亀井警部は私の話を熱心にメモし、事情聴取が終わると、再びタクシーで私の自宅に同行した。そして彼は、妻に私の話を報告して、三たびタクシーで警視庁本部へ帰って行った。
翌日出勤すると、私の「供述調書」なるものができ上がっていた。私がそれに印鑑を捺(お)し、さらに「始末書」を書き終えると、亀井警部の上司で、裏ガネの金庫番である村瀬美文警視が現れて言った。
「これでおまえの方はとりあえず落着だ。あとは女がスンナリ別れてくれるかだな。もしゴネるようだったら、カネで解決するしかない。これは前例もあるから、課長の決裁もとれるだろう」
私はそのとき、自分の危機的状況も忘れ、こんなことを考えていた。
(へえー! スゴいな、警備第1課は。手切れ金まで裏ガネで出したことがあるんだ。そういえば、昨日のタクシー代だって、おれが払おうとしたら、亀井警部は「これは大丈夫」と言って受け取らなかったっけ。合計30,000円はかかってるよ)
結局、私の場合は、相手が「もてあそばれた。どうしてくれるんだ」などとゴネることもなく、手切れ金は不要となり、私の個人的問題での裏ガネの出費は、タクシー代の約30,000円だった。
不倫問題に限らず、外部の人間と警察職員の個人的接近については、警察組織は非常に神経を尖らせる。異性関係については特に徹底しており、15年前は、結婚すら自由にできなかったほどだ。
その理由は、「この人物は何か思惑があって警察に近づこうとしているのでは?」と警察組織が疑うからだ。
それにしても、まったくのプライベートな問題にまで、組織としてカネを払うとは…。
問題を起こした私自身が言うべきことではないと思うが、この種のカネは「不祥事隠蔽費」であり、しかも原資は裏ガネである。
しかし警察内部から見れば「トラブル解決経費」であり、このようなカネの存在が、警察組織の安泰を維持していると、理屈付けているのだろう。
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