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2005年9月30日 (金)

裏ガネが通達により上納されていた!

 愛知県警察本部総務部の裏帳簿を見ると、裏ガネはほとんどカラ出張により捻出されていたことがわかる。

 1972年7月11日から同年同月31日までの総務部総務課の裏帳簿には、

〈昭和47年7月17日 概算旅費 第35号 99,220円〉

〈昭和47年7月22日 概算旅費 第37号武居他4名分 70,380円〉

〈昭和47年7月26日 概算旅費 第38号大橋始め3名分 35,850円〉

〈昭和47年7月26日 精算旅費 第31号本部長始め19人 44,565円〉

 と収入が記載されている。

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2005年9月29日 (木)

漆間“裏ガネ”兄弟

 1996年8月26日、『朝日新聞』(朝刊)は社会面トップで、愛知県警察本部総務部が長年、裏ガネづくりを行っていたとするスクープを掲載した。

《朝日新聞社が入手した文書類は、愛知県警本部の中枢部局である総務部の一九八二年まで十数年分の裏帳簿や旅行命令簿、伝票類など。関係者の話や帳簿類によると、総務部では当時、各課でカラ出張を行い、その旅費をプールする方法で裏金をねん出。裏金に回したのは、旅費予算の八割にものぼる。裏金の額は総務課だけでも年間五百万円を超していた。総務、会計、広報など五課があった総務部全体では、一千万円を超していたとみられる》

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2005年9月28日 (水)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(6)
決別

 警備部警備第1課に2年3カ月勤務したあと、私は総務部企画課犯罪被害者対策室に転勤した。そして、その1年3カ月後の2000年10月、私は「一身上の都合」で、警視庁を退職したが、それは、事実上の辞職勧告を受けたというのが真の理由だ。

 自分で言うのも変だが、私はずっと、八方美人的に職場での人間関係を築いてきたし、仕事に対して自信もあった。しかし、企画課で、私は初めて「うまくいかない」上司に出くわした。

「何が?」と聞かれても、うまく答えられない。とにかく仕事的にも、人間関係的にも「うまくいかない」のだ。

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2005年9月27日 (火)

共謀罪を語る(2)
神林広恵さん(フリーライター)

kambayashi 「反権力雑誌」として有名な月刊誌『噂の眞相』が2004年4月号で休刊してから1年半。ますます世の中はきな臭くなっているようだ。

 その『噂の眞相』で1988年から活躍していた神林広恵(かんばやし・ひろえ)さん(39歳)が今月、『噂の女』(幻冬舎)という単行本を上梓した。

 筆者が『噂の眞相』編集部へ出入りするようになったのが1992年。当時、すでに神林さんは知る人ぞ知る美人編集者で、以降、有名作家に口説かれたとか、有名写真家に「ヌードを撮らせてほしい」と言われたとか、そういう話を何度も聞いた。ちなみに、筆者も上記単行本に登場している。

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2005年9月25日 (日)

共謀罪を語る(1)
犀川博正さん(警察評論家)

saikawa  現在、警察評論家として活躍する犀川博正(さいかわ・ひろまさ)さん(58歳)は、1966年、警視庁巡査となり、三鷹署、高井戸署、碑文谷署、池上署、調布署で勤務。1997年、警部補で退職し、「かながわ市民オンブズマン」事務局次長、「警察見張番」代表も務めた。2002年、『警察官の現場――ノンキャリ警察官という生き方』(角川書店)を上梓。

―――三鷹署と高井戸署では、警備課公安係に所属していたそうですが、どのような仕事をされていたのですか。

犀川さん 三鷹署では外事担当、高井戸署では共産党担当でした。高井戸署時代は、スパイ工作もしました。

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2005年9月22日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(5)
タクシー代と手切れ金

 警察が、不正経理によってプールした裏ガネをどのように使っているかということについて、これまで私は、さまざまな場で話したり書いたりしてきた。

 しかし、今回書く内容は、まったくの未発表のものだ。私がまさに「身を捨てて」告白しなければならない、裏ガネの使途である。

 警備第1課に在任中、私は俗にいう「不倫」をしていた時期がある。気に入ったスナックを見つけて通っているうちに、女性従業員と「できてしまった」のである。

 そして、お定まりの「外泊」。ここで私は大失態をやらかした。

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2005年9月21日 (水)

警察庁記者クラブ事件(3)
裁判官面接(第1回)

 2005年7月12日、舩川輝樹『週刊現代』副編集長と筆者、佃克彦弁護士は、東京地方裁判所民事第9部へ出頭した。民事第9部は、「民事保全法」に基づく仮差押えや仮処分、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV〈ドメスティックバイオレンス〉防止法)に基づく保護命令などを専門に扱うセクションで、「保全部」と呼ばれている。裁判官7名前後が大部屋で机を並べているのが特徴だ。

 我々は担当裁判官の机の前へ向かった。「青木裁判官」というネームプレートが机上に置かれていた。担当裁判官は立ち上がると、こう言った。

「本事件は『青木裁判官』が担当します」

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2005年9月20日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(4)
周到な工作

 今、全国各地で「捜査費」のインチキが明らかになっている。「捜査協力者」が情報提供謝礼を警察から受け取った際に書いたとされる「領収書」は、実は警察で書いており、「捜査協力者」は実在しないという問題だ。

 現実に、「偽造領収書を書かされた」と、多くの警察官が証言している。

 しかし、直接会計業務に携わることが多い、私のような事務職員は、偽造領収書を書かされる機会はほとんどない。東京都や国の会計検査で、会計担当者の筆跡と捜査協力者の筆跡とが同一である書類を見せるわけにはいかないからだ。

 そんな私も、警備第1課のプロジェクトチームにいた頃は、直接の会計担当ではないということで、初めて「捜査費」の「偽造領収書」を書かされることとなった。

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2005年9月19日 (月)

『オーマイニュース』の現在と未来

oh  2005年9月17日、中央大学駿河台記念館(東京都千代田区)で、呉連鎬(オ・ヨンホ)『オーマイニュース』最高経営責任者が「市民参加型ジャーナリズムの国際連帯」と題し、講演を行った(写真)。

 冒頭、呉氏は「4日前、イースター島(チリ)の住民が市民記者となり、記事を送信してきました」というエピソードを披露。「インターネットは空間と時間の制限がないため、誰でも記者になれます」と訴えた。

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2005年9月16日 (金)

松橋忠光元警視監からきいた「秘密」

 1984年、『わが罪はつねにわが前にあり』(松橋忠光著・オリジン出版センター刊)が出版されると、警察庁は大騒ぎとなった。そこには、警察組織が秘匿し続けてきた裏ガネづくりが暴露されていたからだ。

 松橋氏は1948年に警察庁入りしたキャリア。福岡県警察本部警備部長、内閣調査室(当時・現在、内閣情報調査室)勤務などを経て、1975年12月31日、退官。最後は「警視監」という「警視総監」に次ぐ階級であった。

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2005年9月15日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(3)
カネのなる木

 警視庁機動隊員3,000名には、各隊から毎日の警備場所(国会、大使館など)への移動に対し、旅費が支払われている。いわゆる「出張」扱いになるためだ。

 月1億、年額なんと12億円だ!

 この出張は、隊から警備場所まで隊のバスで移動し、寝るのも、そのバスの中という形であるため、隊員個人が交通費やホテル代を立て替えるわけでもない。だから隊員は、毎日の警備が旅費をもらえる出張であるという認識はない。

 また当時(1997年)、この旅費は、機動隊を運用する「警備第1課」が3,000人分をまとめて代理請求・代理受領する仕組みだったので、個々の隊員が手続きにタッチすることもなかった。

 このため各隊では、本人に旅費の存在すら知らせず、会計担当が、一括保管している隊員の印鑑を勝手に使用して旅費を請求し、代理で警備第1課が受領した旅費は、そのまま課の金庫に納められ、裏ガネとしていた。金庫番は庶務担当管理官だ。

 繰り返すが、年12億円である。

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2005年9月14日 (水)

身をすててこそ浮かぶ瀬もあれ(2)
抜き取り

 1991年、私は東大和警察署に会計係長として着任した。引継ぎで前任者から「幹部研修費一覧表」なる書類を渡された。

 まず最初に、

「署長30,000、副署長20,000、課長10,000、警務課長代理と会計係長5,000」

 などと記載がある。このことは、私自身が前任の北沢署でも会計係長として幹部研修費(ヤミ手当)をもらっていたから、さほど驚きもしなかったが、まさに目からウロコが落ちたのは次のページだった。

「原資・交通課20,000、警備課30,000、地域課20,000、刑事防犯課30,000」。

 読者にはサッパリわからないだろうから、これらの記述に基づいて私がやったことを説明して、この意味をご理解いただこう。

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2005年9月13日 (火)

全国市民オンブズマン大会開催

ichikawa  2005年9月10、11日の両日にわたり、大分県別府市で、第12回全国市民オンブズマン別府大会が開催された。

 このイベントは、毎年1回、全国の市民オンブズマンが一堂に会して、1年間の各県の実績を報告し、意見交換を行うものだ。

 初日は「全体会議」が行われ、参加者約400名を数える中、各地から報告があった。北海道の市川守弘弁護士(写真)は、「まだ公にはしていないが」と前置きし、次のように語った。

「北海道警の裏ガネ問題(2003年に発覚した、捜査用報償費が全道で組織的に裏ガネにされていたという問題で、原田宏二元釧路方面本部長の告発などにより、道警はこの事実を一部認め、約10億円を道に返還したが、幹部がヤミ手当としてもらっていたことなどは一切認めていない)は、道警もこれで幕引きと考えているが、そうはいかない。知事や議会が動かないのなら、知事や議員を変えればいい。今、100万人署名の準備をしている」

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2005年9月12日 (月)

「捜査費」で宴会は年間1億円以上!

 会計検査院も、警察幹部らが「捜査費」(国費)で宴会を開いていることは問題視している。浅尾裕会計検査院司法検査課長が言う。

「(マスコミや市民オンブズマンなどの)情報公開請求などから、激励慰労費が多額に上っていることが明らかとなり、昨年(2004年)、会計検査院はその執行状況を検査しました。
 すると、1998年度から2003年度までの6年間で、約5億円(全国・以下同)が支出されており、2000年度から2002年度までの3年間では、毎年1億円以上も支出されていたことがわかりました」

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2005年9月11日 (日)

警察庁記者クラブ事件(2)
司法記者クラブで記者会見

 舩川輝樹『週刊現代』副編集長と筆者が、「債務者ら(国〈警察庁〉および警察庁記者クラブ、同加盟社15社)は、東京都千代田区霞が関2丁目1番2号所在の警察庁庁舎内において実施される記者会見、ブリーフィング、懇談その他の取材機会に債権者ら(舩川副編集長および筆者)が出席し質問することを妨害してはならない、との裁判を求める」という仮処分命令を東京地方裁判所民事第9部へ申し立てたのが2005年7月9日。

 同日は土曜日であったため、これに関する記者会見は、7月11日(月曜日)、東京地裁2階の司法記者クラブで行われた。出席者は、舩川副編集長、筆者と佃克彦弁護士。

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2005年9月10日 (土)

吉田正弘元愛知県警本部長は「捜査費」で宴会を認める

 筆者が情報公開法により入手した文書から吉田正弘元愛知県警察本部長(1994年7月27日~1996年8月20日・その直後、警察大学校長となり、1997年8月25日、退職)も、「捜査費」(国費)で宴会を開いていたことがわかった。

「7月分捜査費明細書」という文書によれば、「平成8年(1996年)7月11日」に「アイリス愛知」(名古屋市中区)で「240,000円」が、「平成8年(1996年)7月17日」に「名城会館」(名古屋市北区・現在は存在しない)で「168,000円」が、それぞれ「本部長激励慰労」なる名目で支出された。

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警察庁記者クラブ事件(1)
仮処分命令申し立て

 既報〈漆間巌警察庁長官が「捜査費」で宴会を開いていた!〉は、『週刊現代』(講談社)2005年7月23日号(2005年7月11日発売)が初出である。記事末尾で触れたとおり、漆間長官は筆者のインタビューを拒否した。

 そこで、舩川輝樹(ふなかわ・てるき)『週刊現代』副編集長と筆者は、漆間長官らが開いている記者会見やブリーフィング、懇談などへ出席し、質問することで、同長官の「『捜査費』で宴会」問題を追及しようとした。

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2005年9月 9日 (金)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(1)
茶封筒

 私は1982年に警視庁に事務職員として採用され、まず本田(ほんでん)警察署(現葛飾警察署)会計厚生係に配置された。

 任された仕事のひとつに署の食堂や売店の経理があったが、最初の月から、食堂の毎日の売上を実際より低く計上し、浮いた現金を上司に渡すように言われ、また、月に何度か「売店」としての架空の領収書を提出することも指示された。私はこのときから既に、警察の「会計処理」に関して漠然とした「うさん臭さ」を感じていたが、まったくの新人でもあり、深く考えるほどの問題意識は持ち合わせていなかった。

 数カ月経ったある日、上司が私のデスクに歩み寄り、私に茶封筒を手渡した。中を見ると1000円札が3枚入っている。

「これは何ですか?」

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漆間巌警察庁長官が「捜査費」で宴会を開いていた!

 漆間巌(うるま・いわお)警察庁長官(60歳)が愛知県警察本部長時代(1996年8月20日~1999年1月8日)、「捜査費」(国費)で宴会を開いていたことが、筆者が情報公開法により入手した「3月分捜査費明細書」という文書からわかった。

「捜査費」はその名前のとおり、「捜査」に使う費用。それが漆間本部長(当時)らの飲み食いに使われていたとなれば、国民から強い批判が巻き起こるのは必至だ。

 漆間本部長(同)が「本部長激励慰労」なる宴会を開いていたのは、「平成9年(1997年)3月6日」。場所は「名城会館」(名古屋市北区・現在は存在しない)で、金額は「150,000円」。

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日本でも『オーマイニュース』はつくれる!?

 最近、日本でも知名度が上がっている『オーマイニュース』。韓国のインターネット新聞である。

 2000年2月、『オーマイニュース』は呉連鎬(オ・ヨンホ)氏(当時35歳)により設立された。呉氏は、1988年2月、延世大学国文学科卒業後、月刊誌『マル』へ入り、同誌1994年7月号では、「老斤里(ノグンリ)事件」(朝鮮戦争当時、アメリカ軍が韓国人住民300名以上を機銃掃射などで虐殺したとされる事件)をスクープした。1995年3月から1997年10月まで、同誌ワシントン特派員。1997年には、リージェント大学からジャーナリズム修士号を受ける。1999年12月、『オーマイニュース』設立準備のため、退社。

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