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2005年9月 9日 (金)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(1)
茶封筒

 私は1982年に警視庁に事務職員として採用され、まず本田(ほんでん)警察署(現葛飾警察署)会計厚生係に配置された。

 任された仕事のひとつに署の食堂や売店の経理があったが、最初の月から、食堂の毎日の売上を実際より低く計上し、浮いた現金を上司に渡すように言われ、また、月に何度か「売店」としての架空の領収書を提出することも指示された。私はこのときから既に、警察の「会計処理」に関して漠然とした「うさん臭さ」を感じていたが、まったくの新人でもあり、深く考えるほどの問題意識は持ち合わせていなかった。

 数カ月経ったある日、上司が私のデスクに歩み寄り、私に茶封筒を手渡した。中を見ると1000円札が3枚入っている。

「これは何ですか?」

「警察ではよくあることだから黙ってもらっておけ。ただし、係の中でも中身については話題にするな」

 これが、私の警視庁での裏ガネ初体験である。このとき、茶封筒は係員全員に渡されたが、私以外は皆慣れた風に両手でうやうやしく頂いていた。新人の私としては、このカネの出所や私がもらう理由がさっぱりわからず、かといって人に尋ねるわけにもいかず困惑したし、何より、

「給料以外に現金をもらえるんだ」

 という新鮮な驚きと単純な喜びに浸ったことは今でも覚えている。

 私のような事務職員は、大半の者が大半の期間、会計事務に携わることになり、表もウラも次第にわかってくる。私も後々、茶封筒の中身は正規の予算を不正経理操作して浮かせたカネであり、もらえるのは幹部と会計担当に限られ、会計担当には一兵卒にまで配られるのは、実態を知る者に対する「口止め料」の意味であることを知り、最初の驚きと喜びは薄れ、皆と同じように慣らされていった。

 そして1991年には、会計責任者として、自分自身が裏ガネ捻出に直接かかわることになるのである。

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