身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(7)
匿名告発
2000年10月に、私は警視庁を退職したが、次の就職先もすぐに決まったので、また、以前と変わらない、サラリーマン生活が始まるはずだった。
しかし、11月の中頃、「脳出血」という大病が私を襲った。右半身は、軽い麻痺状態になった。結果的には、幸いなことに後遺症もなく、入院も2週間で済んだが、就職はパーになった。
入院中、私は、生まれて初めて自分の「死」を考えた。そのうち、ふと「警視庁という組織と自分の死」に思いが至った。
幹部が、内部規程違反を探し出して、気に入らない部下を切り捨てる組織。
その一方で、正義感に燃える若い警察官が否応なく裏ガネづくりに巻き込まれ、「業務上横領」「詐欺」「有印私文書偽造」などという、内部規程違反とは重みが違う「犯罪」を行っている者がどんどん出世していく組織。
私が死ぬことで、私が実体験で知ったそんな組織の恥部が、歴史の片隅に残ることもなく葬り去られ、警視庁の不正経理は未来永劫続くという事実が、悔しかった。
私には、「秘密を墓場まで持って行く」という、日本的美談を受け入れることができなかった。入院中、「告発」という言葉が何度も頭を駆け巡った。
そして退院後、寺澤有氏(ジャーナリスト)に連絡をとった。警察のさまざまな不正を追及し続けていた彼は、警視庁会計担当の間では知らない者がいなかったのだ。
2001年4月、ついに私は「X氏」として、『フライデー』(2001年4月20日号)に登場した。「スクープ告発 『機動隊旅費』12億円が警視庁の裏ガネになっている」。寺澤氏の記事だ。
その当時、就職活動をしていた私としては、当初、実名顔出しで告発する勇気はなかった。しかし、その後2回、「X氏」は『フライデー』で、一部の者しか知らない事実まで語ることとなり、私に警視庁から就職をあっせんする電話が突然あったりして、
「警視庁には、『X氏』が私だとバレたな」
と思わざるを得ない状況になった。
私は、出るか引くか、決断を迫られた。
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