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2005年10月31日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(13)
初成果

 2001年7月に、警視庁機動隊の旅費の不正経理について実名で告発した後、私は、警視庁での18年間の「裏ガネ人生」を単行本にすべく、執筆を始めていた。

 これは、警察が、日常業務として犯罪行為を行っていることを、歴史に形として残しておくことで、私が生きた証にするという作業であり、私にとって、最も大切なものだった。

 2002年の年明け、書き終えた原稿を読んで、編集者は「捨て身の蛮勇」と、校閲者は「自爆テロ」と評した。

 そして、ハードカバーの『警視庁裏ガネ担当』(講談社)は、4月18日に店頭に並ぶことが決まった。

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2005年10月26日 (水)

「記者クラブ問題」最先端事情

 2005年11月11日18時45分から21時まで、「アジア記者クラブ」が主催し、文京区民センター(東京都文京区本郷4-15-14)で「『記者クラブ制度』は世界の非常識、情報カルテルだ」と題するシンポジウムが開かれる。パネリストは、高田昌幸(北海道新聞記者)、舩川輝樹(『週刊現代』副編集長)、宮崎昌治(西日本新聞記者)の各氏と筆者。

 高田氏は、北海道新聞社報道本部次長として、2003年11月から2005年6月まで、北海道警察本部の裏ガネを追及してきた。現在、国際部編集委員(東京勤務)。2005年10月、記者(組織人かフリーランスか、日本人か外国人かなどを問わず)が個人単位に加盟する「自由記者クラブ設立構想」を発表している。

 舩川氏は、1989年4月、講談社に入社。同年6月、『週刊現代』編集部に配属された。2000年6月に『フライデー』副編集長、2003年6月に『週刊現代』副編集長となる。1992年夏から筆者と警察の犯罪を追及し続けている。その流れで、2005年7月9日、警察庁と同記者クラブ加盟社15社を相手どり、「警察庁庁舎内において実施される記者会見、ブリーフィング、懇談その他の取材機会に出席し質問することを妨害してはならない」との仮処分命令を東京地方裁判所に申し立てた〔既報〈警察庁記者クラブ事件(1)仮処分命令申し立て〉参照〕。

 宮崎氏は、2000年3月、田中節夫警察庁長官(当時)が開いた記者会見に出席しようとし、警察庁広報室職員と警察庁記者クラブ幹事社記者から実力で排除された。同年4月、アジア記者クラブが主催する講演で、宮崎氏は「これだけ警察が問題になっているときに、まだ警察から情報をおもらいする競争に明け暮れる発想に愕然とする」と語った。

 世界中で日本にしかない異常な談合組織「記者クラブ」。もはや現状のまま存在し続けることができないのは明らかだが、その処理方法についてはようやく議論が始まったばかりである。

 舩川氏と筆者は、「記者クラブが役所から無償かつ独占的、排他的に記者室や情報などを提供されているのは、同業者としてのみならず、納税者としても許しがたい」という意見。高田氏と宮崎氏は、一定限度、記者クラブの効用も認めているようだ。

 激論が予想される本シンポジウムには、一般1500円、学生1000円の参加費さえ支払えば、誰でも参加できる(当日受付)。終了後、パネリストと参加者との懇親会も予定されている。

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2005年10月25日 (火)

共謀罪を語る(4)
柳原三佳さん(ジャーナリスト)

yanagihara  柳原三佳さん(42歳)は本ブログへ題字を提供してくれた。女性らしからぬ力強い筆つきが評判だ。柳原さんは小学校から書道を習い、短期大学国文科では万葉仮名も勉強していたという。

 短大卒業後、柳原さんはコピーライターに。22歳で結婚し、趣味が高じて、1986年、「女性のためのバイクマガジン」と銘打たれた『レディスバイク』(学習研究社)編集部へ。1989年からフリーランスとなり、翌年、長女を出産している。

 柳原さんが注目されはじめたのは、『ミスター・バイク』(モーターマガジン社)における「一瞬の『真実』」と題する連載(1991年6月号開始)あたりから。これは、警察が日常的にずさんな交通事故処理を行っており、被害者(死亡)が「死人に口なし」とばかりに、不利な扱い、時には加害者とされてしまうという衝撃の内容であった。

 当時、そのような告発がメディアに載ることはなく、柳原さんのもとへ全国から遺族が情報を送ってきた。この問題は柳原さんのライフワークとなり、たびたび大手週刊誌でも記事が掲載され、近刊『死因究明 葬られた真実』(講談社)へつながっている。

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2005年10月24日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(12)
平沢勝栄衆議院議員

 2001年11月、「ビートたけしのTVタックル」という番組のスタッフから、こんな話が来た。

「番組で警察の裏ガネ問題を取り上げます。大内さんには、まずインタビューで、機動隊旅費の不正経理の実態をしゃべってもらって、それをスタジオで流しながら、たけしさんや他のゲストとトークしてほしいのですが。平沢勝栄さんもゲストで出ます」

 平沢勝栄衆議院議員。今では、対北朝鮮問題でおなじみだが、彼はもともと、警視庁防犯部長、岡山県警本部長、警察庁長官官房審議官などを歴任した、警察官僚である。

 平沢氏が警察で歩いた道筋は、私が告発し続けてきた裏ガネ問題と無縁ではない。むしろ、氏の立場では、細かい仕組みを知らないにせよ、裏ガネで、相当「おいしい」思いをしたはずだ。私は、そんな氏との直接対決を楽しみにしていた。

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2005年10月21日 (金)

10・22イベント情報(2)
スケジュール

 明日、宮下公園(東京都渋谷区)で開催される「共謀罪に反対する表現者たちの集い」のスケジュールが決まった(下記)。ただし、飛び入り参加も予想されるため、一部前後する可能性がある。

 なお、ボランティア希望者は午前11時に宮下公園へ集合すること(当日申し込みもOK)。

 13時00分 開会

 13時15分 シャーマンズ

 13時30分 裏ガネ、盗聴、企業や暴力団との癒着
        こんな警察に共謀罪なんか使わせていいの!?
        大河原宗平(元群馬県警警部補)
        大内顕(元警視庁会計担当職員)
        清水勉(弁護士)
        津田哲也(ジャーナリスト)
        野田敬生(元公安調査官)
        山岡俊介(ジャーナリスト)

 14時00分 増山麗奈 白井愛子

 14時30分 ZAKI フーゲツのJUN

 15時00分 シャーマンズ

 15時15分 共謀罪を廃案へ
        怒りと決意のスピーチ
        表現者多数

 15時45分 生田卍

 16時00分 閉会

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表現者たちが共謀罪に反対する共同宣言を発表

nishimura  与党(自民党・公明党)が今国会(特別国会)での共謀罪の成立を断念したと報道されるなか、2005年10月20日、「共謀罪に反対する表現者たちの集い」実行委員会は、「表現者による共謀罪拒否・共同宣言」(後掲)を発表し、衆議院第2議員会館会議室で記者会見を行った。

 冒頭、実行委員・西村仁美氏(ルポライター)が共同宣言を読みあげた(写真)。共同宣言では、「共謀罪の本質は、思想・団結・言論表現の圧殺であり、盗聴・スパイ・密告の監視社会=恐怖社会を促進するもの」「法務省・警察当局による恣意的・拡大解釈を可能にする共謀罪は、まさに21世紀型の治安維持法」と喝破し、「私たちは、言論・表現に携わる者の責任において、この悪法の廃案を求めるとともに、新たに構築されようとしている有事-治安管理社会の到来にストップをかけることを宣言します」としている。

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2005年10月18日 (火)

10・22イベント情報(1)
参加アーティストと司会

 2005年10月22日、宮下公園(東京都渋谷区)で開かれる「共謀罪に反対する表現者たちの集い」へ参加し、パフォーマンスを披露してくれるアーティストたちが決まった。

 生田卍(いくた・まんじ)

 ZAKI

 シャーマンズ

 フーゲツのJUN

 増山麗奈(ますやま・れな)

 現在、それぞれが通行人や買物客も楽しませつつ、「共謀罪反対」が訴えられるパフォーマンスを思案中である。

 当日、司会は、『噂の女』こと神林広恵さん(本ブログにもインタビューを掲載)と筆者。神林さんは「昨日(10月17日)、小泉(純一郎)首相は強い反対にもかかわらず、靖国神社へ参拝しました。共謀罪もそうですけど、なんとかしてファシズムを止めたいと痛切に思います。10月22日がそのキッカケとなるようがんばります」と話している。

 なお、「共謀罪に反対する表現者たちの集い」は会場(宮下公園)の都合で開催時間が変更された。

 (旧)13時~17時→(新)13時~16時

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2005年10月16日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(11)
政治家よ、おまえもか

 会計検査院には、警察の不正経理を追及する気概も、組織力もないことがはっきりしたので、私は、次の拠りどころを国会議員に決めた。

 既出のジャーナリスト、寺澤有氏のつてを借り、私は、2001年の秋、社民党の北川れん子氏、民主党の枝野幸男氏、共産党の吉川春子氏(実際の応対は秘書)を議員会館に訪ね、警察の実態を訴えた。

 私は、その中で、枝野氏には特に期待していた。当時、氏は党の政調会長代理だったし、役人とやり合う姿が、テレビで何度も放映されていたからだ。

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2005年10月15日 (土)

10月22日は渋谷へGO!

 2005年10月22日13時から17時まで、「破防法・組対法に反対する共同行動」(以下、共同行動)と「共謀罪に反対する表現者たちの集い」実行委員会(以下、実行委員会)が共催して、共謀罪反対イベントが開かれる(雨天決行)。メイン会場は宮下公園(東京都渋谷区神宮前6-20-10)

 当日は、「街に出て共謀罪反対を訴えよう」と題するデモ(共同行動担当)や「民主主義を共謀(キョーボー)しよう」「自由を共謀(キョーボー)しよう」「平和を共謀(キョーボー)しよう」と題する表現者たちによるパフォーマンス(実行委員会担当)が行われる。どちらも通行人や買物客が気軽に参加できるよう、短時間でも楽しめる工夫をこらす予定だ。

 パフォーマンスに関して、出演者およびプログラムは10月17日から次々と発表されていく。もちろん本ブログでもフォローしていくつもりである。

 なお、実行委員会では、ボランティア(高校生から中高年まで、資格等問わず)を募集している。興味がある方は下記メールアドレスへ「ボランティアの件」という件名で問い合わせてほしい。

hyogensya@yahoogroups.jp

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2005年10月14日 (金)

日本弁護士連合会が共謀罪に反対する集会

nakamura  2005年10月13日18時から日本弁護士連合会が主催する「共謀罪に反対する・緊急市民集会」が弁護士会館(東京都千代田区)で開かれた。会場は300名近くが詰めかけ、立ち見が出るほどだった。

 冒頭、中村順英(なかむら・ゆきひで)弁護士(日弁連副会長・写真)が「共謀罪は、自分が考えていることを口に出したら処罰される。罪を犯すという行為が必要ない。これまでの刑法の考え方とまったく違う。日弁連としても、成立しないよう全力を尽くす」と挨拶した。

 続いて、簗瀬進(やなせ・すすむ)参議院議員(民主党)は「(現在、開かれている)特別国会は首班を指名するのが目的。それにもかかわらず、自民党は総選挙で圧勝した余勢を駆り、極めて短期間で共謀罪を成立させようとしている。明日(10月14日)から衆議院法務委員会で審議入りするが、そこで廃案となるようがんばりたい」と述べた。

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2005年10月12日 (水)

共謀罪を語る(3)
津田哲也さん(ジャーナリスト)

tsuda  津田哲也さん(46歳)は銃器に詳しく、それが使われた犯罪が発生すると、あちらこちらのマスコミで引っ張りだことなる。また、ミステリー作家としても活躍しており、『汚名刑事』(小学館)に続く長編小説が来年発売される予定である。

 以前から津田さんは「日本に銃器と薬物がまん延しているのは、警察が暴力団と癒着しているから」と言い続けてきた。筆者もそう思うし、昨年、『週刊現代』(2004年9月11号)で、「兵庫県警が『拳銃&大麻』を密輸させた!」と題する記事を津田さんと共同取材、執筆している。

 これは兵庫県警が暴力団と組み、乾燥大麻約20kg(末端価格約1億円)とけん銃61丁、実包254個を相次いで密輸させたというもの。運び屋はタイ人船員で、1回目・乾燥大麻では、警察がわざと見逃し(乾燥大麻は市場へ流れ、暴力団の資金源になった)、2回目・けん銃と実包では、警察がタイ人船員だけを銃刀法違反の現行犯で逮捕した(1994年9月10日)。

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2005年10月11日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(10)
無力な会計検査院

 警視庁機動隊の旅費の不正経理に関する実名告発第1弾「私が手を染めた『警視庁裏ガネ工作』のすべて」(『フライデー』〈2001年8月3日号〉)、第2弾「警視庁『裏ガネ工作』告発を黙殺する当局と大メディア」(同〈2001年8月10日号〉)。これらがほぼ不発に終わり、私は次の手を打った。

 会計検査院の内規で「外部情報取扱要領」というものがある。外部からの実名での情報提供に対し、会計検査院が必要と認めた場合、現場に赴いて実地検査をするというものだ。私は、2001年9月、その「実地検査要求」をした。

 規程によれば、実地検査の結果は、要求者には知らされないということだが、私は、11月、会計検査院に、他の件で情報公開請求に行ったついでに、検査結果に関する取材を試みた。

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2005年10月 9日 (日)

共謀罪廃案をあきらめない

 2005年10月8日、日本出版労働組合連合会(東京都文京区)会議室で、「共謀罪に反対する表現者たちの集い」実行委員会の初会合が開かれた。

 実行委員(ボランティア15名・当日、欠席者も含む)は、跡部由光(救援連絡センター)、安藤裕子(電機労働者)、岩本太郎(フリーランスライター)、小川裕夫(フリーライター)、沢田竜夫(フリーライター)、篠田博之(『創』編集長)、篠原隆史(『財界展望』編集部)、渋井哲也(フリーライター)、清水直子(フリーライター)、長岡義幸(ジャーナリスト)、西村仁美(ルポライター)、濱崎誉史朗(社会評論社)、武藤久登(編集・校正者)、矢部史郎(作家)の各氏と筆者。

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2005年10月 6日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(9)
ライフワーク

 私は、18年間の実体験に基づく、警視庁の裏ガネづくりを、実名顔出しで告発することを決意した。

 告発の前に、最後にすべきことは、現職の地方公務員の妻、準公務員扱いの旧電電公社(現NTT)職員だった両親を、いかに説得するかということだった。

 しかし、私は、そのことについては最初から断念していた。それぞれの立場や経歴から、公務員だった私が、元の職場を内部告発するなどということに、もろ手を挙げて賛成してくれるとは、到底思えなかったからだ。

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2005年10月 5日 (水)

警察庁キャリアらも不正経理を認める

〈裏ガネが通達により上納されていた!〉〈上に厚く、下に薄く〉で報道したとおり、過去、警察が本来業務で裏ガネづくりを行い、それがヤミ手当として分配されたり、身内の餞別や飲食費、冠婚葬祭費用などへ支出されてきたことは間違いない。

 いくら狡猾な警察庁キャリアとはいえ、思わず事実を認める場合もある。2004年11月4日、参議院内閣委員会で以下のような質疑応答が行われた。

神本美恵子議員(民主党) これまでのご経験で餞別というようなことを受け取られたことありますか。

安藤隆春警察庁長官官房長 餞別制度につきましては、警察内部で、そういうものをなくすようにということは徹底を図っておりましたが、平成8年や9年の通達で完全にそれを徹底するということで、それ以後はないものと私は承知しております。

神本議員 今いみじくも餞別制度というふうにおっしゃいましたが、制度が2000年(ママ)以前までは存在したということだと思います。

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2005年10月 4日 (火)

上に厚く、下に薄く

 愛知県警察本部総務部総務課の裏帳簿によると、毎月、「月額旅費」という10万円から20万円の支出がある(当時、大卒初任給は5万円前後)。

 落合博実(おちあい・ひろみつ)元朝日新聞編集委員が内部告発者から説明されたところでは、これはヤミ手当で、総務課長が1万円から1万5000円、同次長が8000円から1万円、同係長が3000円から3500円、末端職員でも1500円から2000円が支給されていたという。

「『上に厚く、下に薄く』というのは、裏ガネ配分の基本です。しかも、全員が裏ガネの恩恵に浴することにより、共犯意識を植えつけ、内部告発者が出ないよう工夫しています。これは全国の警察でも行われている手口です」(落合元編集委員)

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2005年10月 3日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(8)
出るか引くか

 2001年4月に、機動隊員に支給されるべき旅費が、全部裏ガネとなって、警視庁警備第1課にプールされといると、匿名で告発して以来、私には、さまざまなことが起きた。

「上司に『おまえ、大内と連絡取り合ってるようだが』と、それとなく注意されたよ。おまえの携帯、発信記録取られてるぞ。もう、携帯からおれに電話しないでくれ」

 と、昔の同僚から電話があった。

「最近どう? 就職活動、うまくいってる? 一度、本部の『人材情報センター』(警務部に属し、幹部の天下り先など、最就職先の発掘やあっせんをする部署)に行ってみれば? 『ぜひ相談にのりたい』って言ってたよ」

 これも、昔の同僚からの電話。

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2005年10月 1日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(7)
匿名告発

 2000年10月に、私は警視庁を退職したが、次の就職先もすぐに決まったので、また、以前と変わらない、サラリーマン生活が始まるはずだった。

 しかし、11月の中頃、「脳出血」という大病が私を襲った。右半身は、軽い麻痺状態になった。結果的には、幸いなことに後遺症もなく、入院も2週間で済んだが、就職はパーになった。

 入院中、私は、生まれて初めて自分の「死」を考えた。そのうち、ふと「警視庁という組織と自分の死」に思いが至った。

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