身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(16)
道警追及Ⅱ
2004年2月21日、私は、吹雪の新千歳空港に降り立った。目的は2つ。ひとつは、翌日のテレビ番組出演。そしてもうひとつは、2人の人間に会うことだった。
翌22日に、UHB(北海道文化放送)で生放送された「生まれ変われ道警!」では、ジャーナリストの大谷昭宏氏、札幌市民オンブズマンの渡辺達生弁護士とともに、私は、道警再生の方策を論じた。道内のみの放映という点が残念ではあった。
折りしも、2003年11月に発覚した、北海道警旭川中央署の捜査報償費問題は、2004年2月に入って、さまざまな展開を見せ始めていた。
2月10日に行われた、原田宏二元釧路方面本部長による、
「私が旭川中央署長だったときには、(裏ガネは)ありました」
という爆弾記者会見は今でも記憶に新しいが、実はその2日後、こんなことも起きていた。
流出した捜査報償費の支出書類に、署長として決裁印を捺していた、島満広(しま・みつひろ)、舞良昭宏(まいら・あきひろ)の両氏が、
「不正はないが、後輩に迷惑をかけたくない」
として、約70万円を返還するために、道警本部を訪れたのだ。しかし、道警が受け取りを拒否したため、両氏は、この金を札幌法務局に供託した。
不正がないのに返還するということ自体が矛盾なのは当然だが、さらに不可思議なのは、供託の理由が「不当利得」なのだ。こうなると、もう訳がわからない。私は、2人に直接話を聞くしかないと思った。2人とも、当時は、警察に世話してもらった職場に再就職している。
2月22日の夜、膝まで届くほどの積雪に、ブツブツ文句を言いながら、私はまず、島宅を直撃した。家のすぐそばには、知り合いの北海道新聞の記者がタクシーで待機している。
(道新は、この問題の追及では一人旅だし、陣容も豊富だから、ポイント、ポイントに記者を配置してるんだな)
などと感心しつつ、インターホンのボタンを押す。しかし聞けたのは、奥さんらしき人が何度も繰り返しながら、次第にキーが高くなっていく「主人は帰りません」という言葉だけだった。
続いて舞良宅。インターホン越しに、奥さんが答える。
「おとうさんは、今お風呂に入っているので、ちょっと聞いてきまーす」
気さくな感じ。
予想に反し、次は本人の「ハイハイ」という声。しかし、私が名前と来意を告げると、
「お話しすることはありません。お引き取りください」
と丁重に取材を拒否し、それっきり応答はなかった。
舞良宅には、出勤途中を狙って翌早朝も訪れたが、本人が家を出る姿は確認できず、インターホンでの応答もない。
(帰るのは明日だから、また今夜来てみよう)
と思ったが、その考えは甘かった。その日は新千歳空港が閉鎖されるほどの大雪になり、私もホテルから一歩も出られなくなったのだ。結局、何の実りもない取材になってしまった。
私には、島、舞良両氏に、直接言いたいことがあった。
「貴方たちは、沈黙することで組織を守っているつもりでしょうが、組織は、いざとなったら貴方たちを切り捨てますよ」
事実、その後道警は、内部調査の結果報告の中で、
「当時の署長は不正に関与していた」
と、簡単にトカゲの尻尾切りをやってのけた。
現時点では、道警も、不正経理がほとんどの部署で行われていたことを、認めざるを得ない状況になったが、これも、切る尻尾が次第に大きくなっただけであり、最初の尻尾は、署長2人だった。
道警も当初は、旭川だけで事態は収拾できるとたかをくくっていた。弟子屈で、2つ目の爆弾が破裂するまでは。
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