共謀罪を語る(5)
和仁廉夫さん(ジャーナリスト)
和仁廉夫(わに・ゆきお)さん(49歳)は、大学卒業後、神奈川県立高校や大手予備校で日本史を教えていた。1992年、国会議員らと戦後補償に関する調査で香港へ赴き、それ以来、予備校講師のかたわら、中国語圏を取材対象とする執筆活動もはじめる。2000年には予備校を退職し、ジャーナリストが本業となる。
2003年9月、大手リフォーム会社・「幸輝(こうき)」(大阪府吹田市)が社員旅行で訪れた中国広東省珠海市で集団買春事件(男性社員約300名が関係したとされる)を起こすと、現地で取材し、詳細なリポートを雑誌に寄せた。幸輝は、2005年11月、不必要なリフォームを行わせていたとして、詐欺などの容疑で強制捜査された。
近著(共著)・『東アジア 交錯するナショナリズム』(社会評論社)では、「ネット社会が与えた回帰後香港の新しい使命」「『台湾人意識』の虚像と実像」という2つの章を執筆している。
───どうして予備校を辞めたのですか。
和仁さん 年々、生徒の興味と自分の興味が合わなくなり、日本史を教える意欲が薄れたからです。例えば、「日本」という国家が現れるのは近代のことですが、生徒たちは『古事記』や『日本書紀』の時代から続いていると信じて疑おうとしません。それに異議をとなえるようなことを言うと、おもしろがるどころか嫌がるんです。
───生徒は受験に必要な知識だけを欲していると。
和仁さん 受験に限らず、すべてがマニュアル化されていると思います。デートの仕方からセックスの方法まで。あるとき、若い男性から「ボクは誰か命令してくれる人がいないと困る」と言われ、唖然としました。ある意味、「ヒトラー待望論」です。「自由が嫌いな人」が増えていると思いますね。
───そういう流れで、共謀罪がさしたる反発も受けずに成立しようとしていると感じます。
和仁さん このまま行くと、当時、最も民主的といわれたワイマール憲法下でナチスが台頭したのと同じことが起こりかねません。日本でも、「自由民権運動」「大正デモクラシー」「2・1ゼネスト」「安保闘争」と自由や民主主義を求める運動が盛り上がった時期もありましたから、絶望ばかりしてはいられませんけれども。
───中国もナショナリズムが強そうに見えますが。
和仁さん 中国人が「強い中国」を目指しているのは、それが実現すれば、政治や経済における自由も得られるのではないかという期待が含まれています。日本で伸長している窮屈かつ単純な国家主義とは違います。
───香港はどうですか。
和仁さん 2003年7月、香港政府が「国家安全条例」──いわば「治安維持法」や「共謀罪」みたいなものです──を制定しようとし、それに反対する市民・約50万人がデモを行いました。香港の人口は約680万人です。私は現地で取材していましたが、香港市民が自由を欲しているのがよくわかりました。
───日本では、参加者が万単位となるデモなど、もうほとんど見られないですからね。
和仁さん 仮に共謀罪が成立したとしても、それに抵抗したという歴史は残ります。最近、「勝ち組」「負け組」などと言って、結果だけが重視されていますが、過程も大切な財産なんですよ。
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