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2005年12月31日 (土)

警察庁記者クラブ事件(14)
韓国で記者クラブが廃止されたいきさつ

 近年まで韓国にも記者クラブが存在した。もともと日本が占領時代、持ち込んだものだ。

 戦後、韓国政府は情報とメディアをコントールするため、積極的に記者クラブを利用した。メディアも様々な便宜が受けられる記者クラブに依存するばかりであった。

 そこに批判される者と批判する者との対峙などなく、両者とも共存共栄で談合がくり返された。ひいては国民の「知る権利」が侵害され、税金の使途から見ても、特定メディアだけが便宜を受けることは問題があった。

 1990年代以降、インターネットが普及し、市民が主体的に情報をやりとりするようになると、記者クラブが「百害あって一利なし」と認識されてきた。正確な情報を伝達するうえで、記者クラブは障害でしかなかった。

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2005年12月26日 (月)

共謀罪を語る(6)
三宅勝久さん(ジャーナリスト)

miyake  たまに「フリーランスジャーナリストになりたい」と話す若者と出会う。そういう人たちには、三宅勝久さん(40歳)の生き様を知ってもらい、真似ができるか否か、考えてもらうことがいちばんだと思う。

 現在、三宅さんは4.5畳1部屋(家賃3万2000円)を住居としている(写真)。膨大な資料が部屋中に積み重ねられており、文字どおり足の踏み場もない。とうてい布団など敷くことはできず、寝袋にくるまり、まるで芋虫みたいに体を曲げながら寝ているという。

 1980年代末、三宅さんは大学を休学して、スペインとメキシコで1年ずつ暮らした。日本料理店でアルバイトするなどしながら、ドキュメンタリー写真を撮っていた。

 1993年3月、大学卒業。アルバイトで資金を貯め、同年末、モザンビークとアンゴラへ。どちらも、長年、内戦が続いており、前者は自衛隊がPKO(国際連合平和維持活動)で派遣されていた。前者に関する記事と写真は共同通信で、後者に関するそれらは『週刊現代』(講談社)で発表された。

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2005年12月22日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(19)
道警追及Ⅴ

 2003年に発覚した、道警の裏ガネ問題が、現在に至るまで、追及され続けているのは、もちろん、北海道新聞の粘り強い報道によるところが大きいが、「人」と「物」が、次々に現れたという点も見逃せない。

 まず、「人」である。道警の幹部OBでありながら、実名で内部告発した、原田宏二氏、齋藤邦雄氏、「不正はないがカネは返す」という不可解な行動をとった、元旭川中央署長の島満広氏、舞良昭宏氏については、既報のとおりだが、さらに、2004年3月には、北見方面本部で、捜査費の支出書類に、架空の領収書が添付されていたことが判明。当時、同本部の警備課長だった畠山伸一警視が、書類の偽造と隠蔽工作を認めるという事案が発生した。

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2005年12月19日 (月)

警察庁記者クラブ事件(速報2)
東京高裁も筆者の仮処分命令申し立てを棄却

hosoreport  2005年12月13日、東京高等裁判所第5民事部(根本眞裁判長)は、筆者が「警察庁と同記者クラブは、寺澤有が警察庁長官に対する取材を行う目的で、警察庁の会議室・記者室に出入りすることを妨害してはならない」という仮処分命令を求め、抗告していた事件につき〔既報〈警察庁記者クラブ事件(速報1)「公人の取材応諾は便宜供与」と東京地裁が認定〉参照〕、棄却する決定を出した(全文後掲)。

 決定で根本裁判長らは「抗告人(筆者)の抗告理由を十分しんしゃくし(た)」というが、審尋は1回も開かれず、結論も、

「抗告人が会議室・記者室で開かれる本件懇談会(警察庁長官の記者会見)等の取材機会に出席する権利を有するとは認め難いから、報道・取材の自由の侵害を被保全権利とする抗告人の主張は、その前提において失当というほかない」

「本件懇談会の対象者を(仮処分命令申し立ての)相手方記者クラブに所属する記者らに限定することが著しく不合理であると認めることも困難であり、結局、平等権侵害を被保全権利とする抗告人の主張も理由がない」

 と従来の裁判所の見解をくり返すのみで、何ら目新しさはなかった。

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2005年12月15日 (木)

共謀罪を語る(5)
和仁廉夫さん(ジャーナリスト)

wani  和仁廉夫(わに・ゆきお)さん(49歳)は、大学卒業後、神奈川県立高校や大手予備校で日本史を教えていた。1992年、国会議員らと戦後補償に関する調査で香港へ赴き、それ以来、予備校講師のかたわら、中国語圏を取材対象とする執筆活動もはじめる。2000年には予備校を退職し、ジャーナリストが本業となる。

 2003年9月、大手リフォーム会社・「幸輝(こうき)」(大阪府吹田市)が社員旅行で訪れた中国広東省珠海市で集団買春事件(男性社員約300名が関係したとされる)を起こすと、現地で取材し、詳細なリポートを雑誌に寄せた。幸輝は、2005年11月、不必要なリフォームを行わせていたとして、詐欺などの容疑で強制捜査された。

 近著(共著)・『東アジア 交錯するナショナリズム』(社会評論社)では、「ネット社会が与えた回帰後香港の新しい使命」「『台湾人意識』の虚像と実像」という2つの章を執筆している。

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2005年12月13日 (火)

中央大学でも記者クラブと共謀罪を考える講演

 2005年12月19日15時から16時40分まで、中央大学(東京都八王子市)で記者クラブと共謀罪に関する講演を行うこととなった。主催は同大学・ジャーナリズム研究会。公開講演会なので、誰でも無料で入場できる。

 筆者は1986年4月から1990年3月まで中央大学法学部法律学科へ通っていた。当時、同大学文系学部は都心から八王子市へ移転し10年ほどであったので、まだ校舎も新しく、図書館や売店、食堂などの施設も充実していたため、かなり快適に過ごすことができた。

 とりわけ図書館は蔵書がたくさんあることもさることながら、それらが開架で自由に閲覧でき、机や椅子もきれいで、照明も明るく、読書や勉強をするのにとても適していた。「警察庁記者クラブ事件」仮処分命令申し立てで、筆者の代理人を務めている山下幸夫弁護士も、ちょうどそのころ、母校・創価大学(東京都八王子市)ではなく中央大学の図書館へ通い、司法試験の勉強をしていたという。

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2005年12月12日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(18)
道警追及Ⅳ

 2004年3月4日、私は、再び札幌を訪れた。この日の午後、元釧路方面本部長の原田宏二氏が、道議会の総務委員会で、参考人として裏ガネ証言をすることになっていたからだ。地元のテレビ局に傍聴席を確保してもらい、私は最前列に座った。

 平日の昼間ということで、傍聴席は、年配の人が多かったが、熱気に溢れていた。私が話を聞けた何人かが共通して言うのは、「お役人さん、もう、いいかげんにしてくれ」ということだった。確かに、北海道では、90年代半ばから、道庁の裏ガネづくり(最終的に、約71億円が「不正支出」とされた)、道警警部による、やらせ捜査や覚せい剤所持事件など、「官」のデタラメが相次いで発覚しており、道民の怒りも、最高潮に達していたのだろう。

 また、この日の参考人質疑はメディアも注目しており、NHKが異例の全道生中継、民放各社も特別報道番組を組むなど、まさに全道民の視線に晒されることとなった。

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2005年12月11日 (日)

DVD発売から1週間で200枚突破!

「共謀罪に反対する表現者たちの集い」DVDが発売されたのが2005年12月4日。それから1週間(12月10日まで)で200枚以上が販売された。

 予想以上の売れ行きに、「共謀罪に反対する表現者たちの会」の面々は、「ここにきて、ようやく『共謀罪』という名前が国民に知られてきた。と同時に、その法律が『現代の治安維持法』と呼ばれる危険極まりないものでありながら、大手メディアではほとんど取り上げられず、決定的に情報が不足している。結果、国民はインターネットで情報収集することとなり、本DVDが着目されているのではないか」と分析している。

 実際、購入者は北海道から九州まで広く分布している。彼ら彼女らから送られてくるメールを見ると、「政府がこのような法律を成立させようとしているとは驚きです。いずれ、思想や言論の自由もなくなってしまうかと心配します」などと書かれている。1人で複数枚購入し、「知り合いに配ります」と言ってくれる人たちも少なくない。

 共謀罪が成立すれば、本ブログや本DVDのような反政府、反警察とみられる表現活動は真っ先に取り締まられる。その後、ジワジワと国民各層の様々な自由や権利が奪われていくわけである。

 来年1月、通常国会が召集され、共謀罪が審議される。与党(自民党と公明党)が圧倒的な多数を占める現状では、共謀罪成立は確実といわざるをえない。しかし、国民各層があまりにも危険すぎる共謀罪の内容に気づき、広範な反対運動が盛り上がれば、与党から造反者も出てくると考えられる。最後まであきらめず、抵抗していくことが肝心だ。

 本DVDは購入希望者が多いため、あらかじめ〈「共謀罪に反対する表現者たちの集い」DVD販売方法〉(正しく表示されない場合、ブラウザの「表示」メニューから「エンコード」や「文字コード」を選び、続いて「Unicode(UTF-8)」を選んでください)を掲げることとした。さらに、模索舎(東京都新宿区)で店頭販売もはじめている。なお、本DVDに興味がある事業者は筆者へメールしてほしい。

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2005年12月 4日 (日)

2時間で楽しく共謀罪がわかるDVD

DVD 〈10月22日は渋谷へGO!〉〈10・22イベント情報(1)参加アーティストと司会〉〈10・22イベント情報(2)スケジュール〉で予告したとおり、2005年10月22日、宮下公園(東京都渋谷区)で「共謀罪に反対する表現者たちの集い」が開かれた。

 出演者はいずれもテンションが高く、終了時間後もしばらくパフォーマンスが続いたぐらいだった。内容的にも、共謀罪が成立すれば、「自由主義」「民主主義」「平和主義」が完全に破壊され、50代以下は歴史教科書でしか知らない「ファシズム」が現出するという予測をわかりやすくかつ楽しく伝えるものであった。

 あまりにも内容が濃かったため、後日、「DVDを制作しよう」という話が持ち上がり、出演者らも快諾してくれ、このほど完成した(写真)。まず、何も言わずに、「予告編」(画面サイズはWindows Media Player用に縮小されている)を見てほしい。

 本ブログでは、読者にDVDを1枚1,000円(梱包代と送料は別途)で販売する。もちろん収益は共謀罪反対運動に使われる。

 希望者は、〈DVD販売方法〉(正しく表示されない場合、ブラウザの「表示」メニューから「エンコード」や「文字コード」を選び、続いて「Unicode(UTF-8)」を選んでください)をご覧になっていただきたい。

DVDメニュー

01 オープニング 1分17秒
02 清水勉(弁護士) 4分22秒
03 野田敬生(元公安調査官) 5分08秒
04 ZAKI 12分18秒
05 山岡俊介(ジャーナリスト) 4分31秒
06 宮本弘典(関東学院大学教授) 5分09秒
07 佐々木通武(破防法・組対法に反対する共同行動) 3分52秒
08 シュプレヒコール 45秒
09 桃色ゲリラ 16分38秒
   増山麗奈
   白井愛子
   多田恭子
10 志葉玲(ジャーナリスト) 4分26秒
11 渋井哲也(フリーライター) 3分39秒
12 林克明(ジャーナリスト) 2分56秒
13 THE SHAMANS 14分15秒
14 三宅勝久(ジャーナリスト) 3分06秒
15 なすび(山谷労働者福祉会館活動委員会) 5分14秒
16 鍋島聖民(「出版ネッツ」執行委員) 3分26秒
17 フーゲツのJUN 8分11秒
18 警察座談会 26分23秒
   大河原宗平(元群馬県警警部補)
   大内顕(元警視庁会計担当職員)
   津田哲也(ジャーナリスト)
   高橋玄(映画監督)
   ベンジャミン・フルフォード(元『フォーブス』アジア太平洋支局長)
19 エンディング 3分09秒

合計 2時間08分

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2005年12月 3日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(17)
道警追及Ⅲ

 釧路方面本部長まで務め上げた、原田宏二氏による裏ガネ証言(2004年2月10日の記者会見)は、道警、道民に大きな衝撃を与えたが、氏の証言は、本人も強調しているように、氏が在職していた1995年までは、裏ガネが存在したという話であり、それ以降については、何も語られていない。

 そして、そのことから、道警内部では、

「あんな会見をしたら、今でも裏ガネがあるように思われてしまう」

 などと平気でウソぶく幹部もいた。

 さらに、私の機動隊旅費に関する告発が、証拠もない、ただの話だったために黙殺されたのと同様、原田証言も、元最高幹部の言葉という重みはあるにせよ、証拠がなかったため、道警の全面否定を覆すのは困難に思われた。

 この状況を憂い、

「原田さんのために、自分が持っている証拠を役立てたい」

 と決意した人物がいた。

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道警追及Ⅲ"

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