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2006年1月30日 (月)

第2次記者クラブ訴訟(3)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の「陳述書」

yamaoka 「第2次記者クラブ訴訟」では、マスコミ関係者3名が筆者の主張を支持するため、「陳述書」を書いてくれている。筆者と10年以上もつき合いがある山岡俊介氏(ジャーナリスト・写真)もその1人だ。

 山岡氏は「趣味は強い者いじめ」と公言するほど、ジャーナリズムの本道を行く人である。近年、邪道へ走るばかりの大手メディアに見切りをつけ、2004年10月、『情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)』というブログを開設した。現在、1日に50,000以上もアクセスがある立派なメディアへ成長している。

 全文後掲する「陳述書」(甲第7号証・誤字等はママ)からもわかるとおり、山岡氏は筆者と一緒に、東京地方裁判所の法廷の記者席から排除された。我々がいちばん熱心に報道してきた、というよりいくつかの事情(「陳述書」参照)から大手メディアが一切報道しなかった、「武富士事件」の裁判の傍聴取材ができなかったのである。山岡氏も「陳述書」で憤慨しているが、まったく理不尽極まりない仕打ちだ。

 東京地裁民事第50部(奥田隆文裁判長)が原告(筆者)敗訴の判決を言い渡したことにつき、山岡氏はこう話している。

「判決は権力と大手メディアとの癒着を象徴している。権力は大手メディアだけへ便宜供与を行い、その見返りとして、大手メディアは権力に不都合な事実を報道しない。現下、ライブドアが問題となっているが、大手メディアは同社と警察や検察、暴力団との関係は報道しない。池に落ちた犬(堀江貴文前ライブドア社長)を叩くだけで、巨悪には見て見ぬふりだ。もはや大手メディアはジャーナリズムといえないと思う」

『情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)』の成長を見ると、フリーランスが開設するブログが、国民から「報道機関」として認知されていることは間違いなく、いずれ大手メディアを凌駕する可能性もある。

 そのとき、大手メディアは現在と同じように権力から便宜供与が受けられるだろうか。堀江前社長が権力からどのように扱われてきたかを見れば、結論は明らかである。

平成16年(ワ)第21507号 損害賠償請求事件
原告 寺澤有
被告 国

陳述書

2005年4月23日

東京地方裁判所民事第50部合ろC係御中

 私、山岡俊介は、下記の通りに陳述致します。

住所(省略)
氏名 山岡俊介

第一 はじめに
 私は1989年(平成元)年から、『週刊大衆』(株式会社 双葉社発行)の専属記者を務めながら、その他の月刊誌、週刊誌などに、大企業や政治家などの不正や疑惑に関する記事を主に執筆して来ています。
 著書には『アムウェイ商法を告発する』(1995年・あっぷる出版社)、『銀バエ実録武富士盗聴事件』(2004年・創出版)、『ジャーナリズムの条件3 メディアの権力性』(共著。2005年・岩波書店)などがあります。

第二 東京地裁における件について
一  私は過去、消費者金融大手・武富士の不正疑惑について書いたり、取材をしたことがあるのですが、同社並びに代表取締役会長だった武井保雄は、私の背後に武富士を快く思わない勢力がついていると邪推し、私の自宅電話を盗聴すればその背後勢力がどのようなものが判明すると思ったらしく、盗聴を行います。2000年12月から2001年2月まで実に約2カ月にも渡ってです。
 もちろん、盗聴された当時、私はその事実は知りようもなかったのですが、この盗聴を、盗聴を実行した探偵会社との間で、武井から勅命を受け、連絡役をしていた武富士元社員の中川一博氏が内部告発すべく私のところに飛び込んで来ました。2002年9月のことです。
 そこで、私は中川氏から提供された資料や情報を元に、この盗聴の事実を広く世に訴えるべく、『ベルダ』(ベストブック)、『サンデー毎日』(毎日新聞社)、『創』(創出版)等で記事にしました。
 また、提供された資料の中には警察の不正を証明するものもあり、この訴訟の原告である寺澤氏は警察のそうした告発ものの記事執筆に定評がありますし、また、旧知の仲だったことから、私は彼にその資料を渡すと共に、内部告発者である中川氏を紹介し、『週刊プレイボーイ』(集英社)誌上で記事にしてもらいました。
 ところが、武富士並びに武井は、これら記事は事実無根だとして、そのほとんどの記事に対し名誉毀損で提訴してきました。
 これに対し、私は反撃すべく、2003年6月、武井等を電気通信事業法違反(盗聴)で告訴しました。その結果、武井は同年12月2日、逮捕されるに到りました。
二 2003年7月24日の午後1時過ぎ、私は東京地裁第403号法廷に行きました。
 この日、午後1時30分から、大塚(趙)万吉氏を被告とする恐喝未遂事件の初公判が開廷されることになっており、それを何としても傍聴したかったからです。
 武富士元社員の中川氏が、私の元に飛び込んで来たことは前述しました。
 ただし、彼は巨額の借金を背負っており、私に提供してくれた内部資料を、できれば幾ばくかの金銭に換えたいという思いもあり、誰かそういう相談ができる者を紹介してくれともいわれました。
 そこで、私は熟考の末、ネタ元の1人で、信頼していた前出・大塚氏を紹介したのです。
 ところが、それから約8カ月後の2003年5月21日、大塚氏は中川氏と共に、武富士から1億円を恐喝しようとしたとして逮捕されてしまったのです。
 この5月21日という時期は重要です。
 前出・寺澤氏が執筆した『週刊プレイボーイ』記事が参議院の「個人情報の保護に関する特別委員会」で取り上げられ、翌22日、武富士と警察との癒着に関して集中審議をすることが決まっていました。前日の中川氏逮捕は、その審議と無関係だったとはとても思えません。後日、明らかになることですが、中川氏はこの件では不起訴になりますし、実行犯は別におり、大塚氏は直接的にはまったく関与しておらず、担当弁護士さえ、「この事件は(武富士と新宿警察署によって)作られた」と法廷で述べるなど、冤罪の可能性も十分にあり得る事件でした。
 先の参議院の特別委員会での集中審議の結果、小泉首相は武富士と警察との癒着がないか調査を約束しました。結果、2003年7月17日、警察庁は新宿警察署に在籍した警官等3名を処分しています。
 以上のような経緯や事実から、個人的にもそうですが、取材者としても、私はこの大塚氏の公判はすべて傍聴しなければならない、否、傍聴することが義務といってもいいほどの重要性を持っていました。
三 ところが、法廷に着いたところ、すでに一般の傍聴席はすべて埋まっていました。
 法廷を見て、信じられなかったのは、前述のように、極めて重要で、関係者間では注目される裁判にも拘わらず、一番小さな法廷だったという事実です。まさか、そんなところで開廷されるとは夢にも思っていませんでした。
 実際、大きな法廷、否、中規模の法廷なら、私も寺澤氏も座れていたと思います。
 ところが、この法廷は傍聴席が20席しかなく、それにも拘わらず、司法記者クラブに5席も割当られていました。
 先に到着していた寺澤氏も同様、席を確保できず、困惑している様子でした。
 その時、すでに一般席に就いていた顔見知りの人から、「空いている席に座ればいいよ!」と声をかけられたと記憶しています。
 その席には、椅子の上に白いカバーが掛けられており、司法記者クラブ用であることはわかっていました。しかし、この時は、「なぜ、ただ記者クラブに属しているというだけで傍聴席を確保され、彼らは開廷ギリギリまで来なくてよく、一方、我々フリーの記者はこんな差別を受けるのか」と一瞬、強い憤りを感じました。例えが適切かどうかわかりませんが、私はどんなに席が空いていようが、電車では絶対にシルバー席に座ったこともない人間です。ですが、この時はそういわれ、先のような強い感情が湧き、それに促されるように座りました。寺澤氏も同様の行動を取りましたが、その時の気持ちは同じだったと思います。
 この行動に対し、職員が、寺澤氏に対し、「記者席には座れません」と声をかけていました。それに対して彼は一言二言答えたようにも思いますが、内容は覚えていません。他方、私は何もいわれておりません。
四 そうこうしている間に開廷時間直前になり、司法記者クラブ所属の記者がやってきました。そして、先の職員に「記者が来たのでどいてください」といわれました。
 それに対し、いいたいことは山ほどありましたが、抵抗して開廷を遅らせれば他の関係者の方々に迷惑をかけるだけですので、やむなく、私は席を立ち、とりあえず、傍聴席の後ろに立ちました。
 ところが、さらに職員は、「座っていない方は出てください」といってきました。
 どうしようかと思っていたところ、すぐ近くで同じく立っていた寺澤氏がその職員に、「立ち見が認められたことがある」、「裁判官に立ち見がダメか聞いてくれ」旨、発言しました。私はそんな知識はなかったのですが、それを聞き、その結果に一縷の望みをかけました。
 しかし、ほどなく、「裁判官が立ち見は認められないといっている」との返事がありました。それでも、寺澤氏は「審理の邪魔にならない様、座るから」といって、何とか傍聴をしようとしていました。私も気持ちは同じですので、彼の豊富な知識に基づく交渉に関心もしながら、これに倣い、寺澤氏と一緒に今度は後ろでしゃがむ格好をしました。
 これに対し、しばらくして、警備員らしき者が5名ほど入って来ました。一見し、これは強制的に排除しようとしているのだなと直感しました。それでも、寺澤氏はなんとか傍聴しようとしてしばらくやりとりをしていましたが、このままでは強制的に排除されるのが目に見えていましたので、混乱を避けるため、私と寺澤氏は法廷を出ました。
五 その後、法廷を出たところでも、寺澤氏が職員を相手に、「なぜ、司法クラブが傍聴席を5席も確保しているのか」などと質問していました。
 途中で寺澤氏はその職員に名刺を渡し、私もこれに倣いました。また、寺澤氏は、自分はこの関連取材をいかに精力的に行い、報道もして来た者であるかも説明していました。
 私は冷静にやり取りを聞いていましたが、この時は思わず「そうだよ!」と声を発したことを記憶しています。
 ところが、この時、裁判所側はなおも我々が再度、傍聴席に入ることもあり得ると思ったのか、先の警備員らしき者5名ほどが、傍聴席の入り口に背を向けて並び、ブロックしたかたちでずっと突っ立っていました。その威圧的態度を見て、これはいったい何なんだと、「我々を暴力団かなにかの関係者と思っているのか」と、怒りを通り越し、ほとほと呆れてしまいました。
六 その後、総務課の人が現れ、「ここで話すと審理の妨げになる」といい、総務課に場所を移しました。
 私自身、内心はこれ以上、裁判官でもない職員とやりあっても時間の無駄と思ったのですが、寺澤氏はまだやりとりをしており、先の警備員らしき5名ほどの登場といい、彼を1人だけ密室においておくと、何をされるかわからないとの不安感を抱きましたので、同伴することにしました。
 その移動した総務課の部屋で、寺澤氏はすでに裁判所の傍聴に関して別件訴訟をしていること、また、この日の返答が、今後、証拠になるかも知れないのでキチンとした回答をくれと、新たな今日の訴訟提起もある得ることをほのめかしていました。
 私は寺澤氏がそんな訴訟を起こしていることはこの時まで知らず、同じフリーライター仲間として、感心すると共に、その際はできることがあれば協力しようと内心思いました。

第三
 以上のように、私は結局、大塚氏の初公判を傍聴できませんでした。
 そして、司法記者クラブ所属の社員記者だけに傍聴席を与えていることに大いなる疑問を感じています。
 武富士と武井保雄の有罪判決に至る上で、報道に携わる者のなかでもっとも勢力的に報道、貢献したのは私と寺澤氏をおいて他にいないことは、自他共に認めるところだと思います。
 その私と寺澤氏が、なぜ傍聴できず、一方、ただ司法記者クラブに属しているというだけで、彼らは優先的に席を確保し、必ず傍聴できるのか。それが取材上の差別でなくて何なのでしょうか。
 しかも、武富士盗聴事件関連の判決要旨さえ、やはり司法記者クラブ所属の記者はもらえても、我々はもらえなかったのです。
 寺澤氏が先に起こした同様の訴訟(上告棄却で敗訴確定)における一審判決は、司法記者クラブ所属記者に判決要旨を配布することに関し、それは「取材の自由には含まれない」と、逆にいえば、それが特別待遇であることを認めています。そして、その特別待遇を所属記者に施すことは、「有力な報道機関の多くが加盟している組織で、わが国の報道分野において一定の役割を果たしているものである」から、所属しない記者との差別は「合理性の限界を超えるとは言い難い」としています。
 しかし、いまや記者クラブ所属の社員記者の多くは、裁判所に限らず、警察庁、警視庁始め、他の多くの省庁にも設けられた記者クラブにおいて、当局発表の第1報を独占できることにあぐらかき、あるいは、当局と癒着し、権力犯罪については、事件化する前に報じることはほとんど皆無ですし、事件化しても、真相まで掘り下げた報道はほとんどしないのが実情です。
 一方、大企業の犯罪や不正に関しても、記者クラブ所属の大手マスコミ各社は、巨額の広告を出してもらっていることから、当局が捜査、ないし逮捕に乗り出すまでまったくというほど報じないのも実情です。
 今回、私と寺澤氏が東京地裁において差別を受けた大塚氏の恐喝未遂事件の告訴人になっていた武富士を巡る盗聴事件もまさにその典型例でした。
 この事件で、フリーライターの私と寺澤氏が報道に関してはもっとも大きな役割を果たしており、これに対し、司法記者クラブに属する大手マスコミ各社は巨額の広告をもらっていることから、事件化するまでただの1行たりとも報じなかったというのが真相です。
 それに鑑みれば、一般国民の目から見れば、記者クラブ所属各社が「一定の役割を果たしている」とは到底、思っていないと思います。
 大塚氏の初公判で傍聴できなかったあの日の出来事ほど、私にとっては、プロの物書きとして、本当に強い屈辱と憤りを感じたことはまずありません。
 権力側を刺激してはまずいと、前出・大塚氏の1億円恐喝未遂事件について冤罪の可能性もあり得ることを始めから検証する気など毛頭無く、だが、仕事だからかたちだけ傍聴しに来る司法記者クラブ所属の記者に傍聴席が確保され、一方、この事件で警察の不祥事をこれ以上書かれないように口封じのため新宿署に逮捕される可能性さえあったものの、それでも体を張って真相を追及しようとしていた私が、なぜ一般人と同じ扱いを受け、後から入って来た司法記者クラブ所属の記者に席を譲らなくてはならなかったのでしょうか。繰り返しになりますが、こんな不平等なことはないですし、まさに私にとっては屈辱であり、激しい怒りを禁じ得ません。
 過去、私は大手マスコミから就職しないかとの誘いは何度もいただいています。それでも断り、私がやっているのは、もっとも真実を伝えることができるのはフリーライターだと思っているからです。また、そのことに誇りを感じているからです。寺澤氏も同じ気持ちだと思います。
 しかも、寺澤氏の場合、我々、フリーライターは経済的にも貧しいのに訴訟費用を工面し、しかも、反感を抱く大手マスコミ関係者は多くおり、彼らに睨まれるリスクもあるにも拘わらず、今回、2度目の訴訟提起をして闘っています。
 それは、誰かが行動することが、いずれ必ず是正に繋がり、それが後進のフリーライターのためになり、さらには、国民のより真実を知る権利を保障することにも通じると信じているからだと思います。
 そうした彼の姿勢に共感し、実は今回の訴訟提起においては、私は寺澤氏と一緒に原告になることも考えたのですが、寺澤氏が、札幌地裁であった差別的な取材対応に関しても併せて是非、訴えたいという意向だったので、今回は共同して原告になることは見合わせました。
 しかし、今後、同様の差別的対応を受けた場合は、躊躇無く訴訟提起するつもりです。
 以上のように、この訴訟は、ひじょうに重大な意味を持っています。
 裁判長におかれましては、そのことを今一度深く認識いただき、是非とも、良識ある判断を下していただきたいと思います。

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