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2006年1月31日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(22)
道警追及Ⅷ

 2003年秋に発覚した道警の不正経理問題が、ここまで長期化し、また、芦刈勝治道警本部長(当時)に、道議会や会見で何度も頭を下げさせたのは、北海道新聞(道新)の力によるところが大きい。

 現実に道新は、2004年には、道警裏ガネ追及報道で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞、日本新聞協会賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーリスト大賞を、次々に受賞した。

 だが、この問題発覚の発端となったテレビ番組『ザ・スクープスペシャル』〔既報〈身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(15)道警追及Ⅰ〉参照〕が放映された直後、道新は、他紙に遅れをとっていた。

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道警追及Ⅷ"

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2006年1月30日 (月)

第2次記者クラブ訴訟(3)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の「陳述書」

yamaoka 「第2次記者クラブ訴訟」では、マスコミ関係者3名が筆者の主張を支持するため、「陳述書」を書いてくれている。筆者と10年以上もつき合いがある山岡俊介氏(ジャーナリスト・写真)もその1人だ。

 山岡氏は「趣味は強い者いじめ」と公言するほど、ジャーナリズムの本道を行く人である。近年、邪道へ走るばかりの大手メディアに見切りをつけ、2004年10月、『情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)』というブログを開設した。現在、1日に50,000以上もアクセスがある立派なメディアへ成長している。

 全文後掲する「陳述書」(甲第7号証・誤字等はママ)からもわかるとおり、山岡氏は筆者と一緒に、東京地方裁判所の法廷の記者席から排除された。我々がいちばん熱心に報道してきた、というよりいくつかの事情(「陳述書」参照)から大手メディアが一切報道しなかった、「武富士事件」の裁判の傍聴取材ができなかったのである。山岡氏も「陳述書」で憤慨しているが、まったく理不尽極まりない仕打ちだ。

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山岡俊介氏(ジャーナリスト)の「陳述書」"

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2006年1月27日 (金)

第2次記者クラブ訴訟(2)
筆者の「意見陳述書」

cambodia  第1回口頭弁論(2004年12月15日)で、筆者は「意見陳述書」(全文後掲)を読みあげた。

 とかく裁判官は非常識なので、小学生でもわかるような実例2つを挙げつつ、「記者クラブ」が世界中で日本にしか存在しない、異常なものだと説明した。「意見陳述書」は書証(甲第4号証)として提出もされている。

 しかし、後日(2006年1月25日)、奥田隆文裁判長ら(東京地方裁判所民事第50部)が言い渡した判決を見ると〔既報(第2次記者クラブ訴訟(1)「記者席も判決要旨も便宜供与」と東京地裁)参照〕、「非常識の壁」が歴然とある。我々は、「裁判所ひきこもり」「六法全書&判例集オタク」に通ずる言葉を持ちえていないと痛感する。

 とはいえ、「意見陳述書」末尾にもあるとおり、「徹底的に闘う」ことが必要である。「記者クラブ」のような、かつての「アパルトヘイト」にも匹敵する、明白な差別が永遠に続くわけがないからだ。

意見陳述書

2004年12月15日

(住所略)
寺澤有

 ある外国特派員がこう言っています。

「松本智津夫(麻原彰晃)被告の判決公判(2004年2月27日)を傍聴し、驚いた。江川紹子さん(ジャーナリスト)が記者席ではなく、一般傍聴席に座っていたからだ。オウム真理教事件といえば、彼女の追及があったからこそ、松本被告らの逮捕、起訴へとつながった。その第一人者が裁判所から『記者』として認められず、一般市民と同じ扱いを受けているのは、どう考えてもおかしい」

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筆者の「意見陳述書」"

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2006年1月26日 (木)

第2次記者クラブ訴訟(1)
「記者席も判決要旨も便宜供与」と東京地裁

 2006年1月25日、東京地方裁判所民事第50部(奥田隆文裁判長)で、筆者が原告の「第2次記者クラブ訴訟」(2004年10月12日提訴)の判決が言い渡された。「第2次」というからには「第1次」があるわけだが、そちらは記事を改めて解説したい。

「第2次記者クラブ訴訟」では、裁判所が記者クラブ加盟社記者だけに傍聴席と判決要旨を用意することが、日本国憲法第21条(取材・報道の自由)や同第14条(法の下の平等)に違反するか否かが争われた。事実関係と原告、被告(国)双方の主張は全文後掲する判決を見ていただきたい。

 奥田裁判長らは以下のような論理で「憲法違反はない」とした。

《報道の自由ないし取材の自由は、報道機関の報道行為、取材行為に対して国家機関が介入してはならないといういわゆる消極的な自由を意味するにとどまるのであり、国に対して一定の行為を請求することができるという積極的な権利まで当然に含むものではないから、報道機関が裁判所に傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求するというような権利が、当然に報道の自由ないし取材の自由に含まれることにはならない》

《裁判所が、記者クラブ加盟の報道機関の記者に対して、傍聴席を確保し、判決要旨を交付する措置を取っているところ、このような取扱いは、裁判の迅速かつ正確な報道に資するため、司法行改上の便宜供与として行われているにすぎないのであるから、このような取扱いがされているという事実があるからといって、報道機関が、裁判所に対して、傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求する権利を有しているということはできないし、また、このことは原告についても同様である》

《原告の主張は、結局、傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求する権利を原告が有していることを前提とするものと解さざるを得ないところ、そのような前提自体が認められないのであるから、仮に、原告の要請に応じることが極めて容易であったというような事情があったとしても、原告に対して傍聴席が確保されず、また、判決要旨が交付されなかったことが、原告の報道の自由ないし取材の自由を侵害することになる余地はなく、裁判所の職員の行為が、憲法21条に違反し、違法であるとの原告の主張を採用することはできない》

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2006年1月19日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(21)
道警追及Ⅶ

 元北海道警弟子屈署次長、齋藤邦雄氏は、裏ガネの金庫番だった自らの経験を克明に述べているが、それだけではなく、氏は、手持ちの裏ガネ資料を、すべてさらけ出した。

 自分のところに集まった裏ガネが、その後、幹部のヤミ手当として、また、部内の飲食費として、その他正規の予算としては使えない、さまざまな用途に使われたことを示す、いわゆる裏帳簿は、かなり話題になったが、実は、齋藤氏が公表した裏ガネ資料の中には、会計実務を18年やった私も初めて見る、不可思議な書類もあった。

「捜査費設定書」(黒塗りは本ブログによる・以下、設定書)

 この書類こそ、捜査費の支出がすべてインチキであり、しかも、この不正経理が道警本部主導で行われていることを白日の下に晒す、決定的証拠なのである。

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2006年1月13日 (金)

警察の裏ガネづくりの証拠が消えている

 警察が裏ガネをつくるとき、支出調書や旅費精算請求書、領収証などの会計書類が偽造される。これらの保存期間が何年かご存じだろうか。

 会計検査院に「平成○○年度総理府(内閣府)一般会計証明書類」という文書ファイル名で保存されている、国費に関する会計書類は6年である。ただし、「満6年」ではなく、例えば、平成10年度(平成10年4月1日~平成11年3月31日)のものが、平成16年12月31日にまとめて廃棄されている。

 昨年(2005年)末、「平成11年度(1999年度)総理府一般会計証明書類」が保存期間満了となる予定だった。しかし、これが廃棄されることはなんとしても防ぎたかった。

 1999年9月、厚木署員らによる部下への集団暴行が発覚し(発生は同年3月~7月)、以後、次々と神奈川県警察本部の不祥事が露見する。世論が激昂するなか、各都道府県警察本部でも隠蔽されていた不祥事が発覚。現在へ続く、警察不信のはじまりとなった。

 つまり、1999年9月以降、世間の目が厳しくなるまで、警察はさほど注意深くなく、裏ガネをつくっていたとみられるのである。その痕跡は会計書類に残っているはずだ。

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2006年1月11日 (水)

警察庁記者クラブ事件(速報3)
最高裁判所へ「特別抗告理由書」を提出

 従前、筆者=債権者は、国(警察庁)と警察庁記者クラブ、同幹事社3社(産業経済新聞社〈産経新聞〉、テレビ朝日、日本経済新聞社)=債務者に対し、「債務者らは、東京都千代田区霞が関2丁目1番2号所在の警察庁庁舎内において、債権者が、警察庁長官との懇談に使用する会議室・記者室に出入りして取材することを妨害してはならない」という仮処分命令を申し立てていた。

 しかし、これが東京地方裁判所民事第9部(青木晋裁判長)と東京高等裁判所第5民事部(根本眞裁判長)で棄却されたことは、〈警察庁記者クラブ事件(速報1)「公人の取材応諾は便宜供与」と東京地裁が認定〉〈警察庁記者クラブ事件(速報2)東京高裁も筆者の仮処分命令申し立てを棄却〉でお伝えした。

 2005年12月20日、筆者は最高裁判所に特別抗告し、昨日(2006年1月10日)、「特別抗告理由書」も提出した。

 全文後掲する「特別抗告理由書」を読んでいただければわかるが、戦後60年以上が経ちながら、いまだに「大本営発表」をたれ流しているマスコミとその大きな原因である「記者クラブ」制度について、「これが新憲法(日本国憲法)が保障する『取材・報道の自由』なのか」と、真正面から最高裁に問いかけているのだ。

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2006年1月 8日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(20)
道警追及Ⅵ

 道警が、北見方面本部の不正経理を立件する4か月前の、2005年1月14日、民主党の鉢呂吉雄、佐々木秀典両衆議院議員は、一連の道警の不正経理に関して、7名の道警現職警察官を、東京地検に刑事告発した。

 2000年度から2001年度にかけて、道内の警察署長として勤務し、副署長らと共謀して公金を横領したとして、中塚幸男総務部長(告発当時・以下同じ)、高橋道夫総務課長、五十嵐敏明生活安全部長、角森正人函館方面本部長、片貝忠男釧路方面本部長の計5名が、業務上横領容疑。

 2002年度に、北見方面本部警備課長として、スナックの領収書を偽造して公金を横領したとして、和田徹道警本部地域企画課調査官が、有印私文書偽造・同行使と業務上横領容疑。

 2003年度に、北見方面本部警備課長として、パブの偽造領収書を会計検査院に提出したとして、畠山伸一道警本部警務部付が、有印私文書偽造・同行使と偽計業務妨害容疑。

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2006年1月 7日 (土)

山岡俊介氏を誹謗中傷する記事に関連し
「武富士が現金を提供」という衝撃的な証言

seizaikai  消費者金融大手・武富士(東京都新宿区)と武井保雄前同社会長が山岡俊介氏(ジャーナリスト)の自宅の電話を盗聴していた事件は、2004年11月7日、東京地方裁判所(青柳勤裁判長)が、武富士に罰金100万円、武井前会長に懲役3年・執行猶予4年(武富士ホームページで山岡氏を誹謗中傷し、名誉毀損で追起訴されたため、併合罪となった)の判決を言い渡し(検察、被告とも控訴せず、確定)、いちおう決着した。

 しかし、当時、山岡氏が派生して受けていた名誉毀損については、まだ決着がついていない。月刊誌『政財界』(政財界出版社)が2004年7月号(写真)から同年11月号まで5回にわたり、「武富士盗聴事件の真相 ブラックジャーナリスト山岡俊介の罪と罰」という記事を連載した問題だ。

 同連載はタイトルからもわかるとおり、山岡氏を「ブラックジャーナリスト」と決めつけ、何ら具体的な根拠を示さないまま、

《山岡は、〈中略〉武富士の内部資料(贓物)を〈中略〉、五代目山口組二代目黒誠会の組員であるYに、1億円で買い戻しの条件付、5000万円で売却したのだ》(7月号)

 などと書いた。

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