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2006年2月19日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(23)
道警追及Ⅸ

「覚せい剤130キロ 道内流入?」「道警と函館税関『泳がせ捜査』失敗」「大麻も2トン、密売か」

 北海道新聞(道新)は、2005年3月13日の朝刊社会面に、こんな見出しを打ち、道警が、泳がせ捜査に失敗した結果、大量の覚せい剤や大麻が、国内に入ってしまった疑いがあると報じたが、その10カ月後の今年1月14日、今度は、この件に関する謝罪記事を掲載した。

 いわく「この記事は、泳がせ捜査失敗の『疑い』を提示したものであり、道警及び函館税関の『否定』を付記しているとはいえ、記事の書き方や見出し、裏付け要素に不十分な点があり、全体として誤った印象を与える不適切な記事と判断しました。関係者と読者の皆さまにご迷惑をおかけしたことをおわびします」というものだ。

 この謝罪の背景には、「道警」と「道新」が、まるで「暴力団」と「弱みを握られた企業」というような関係になってしまったという事実があった。

 まず、表面上の事実関係を、時系列で記してみる。

 2004年9月、道新室蘭支社の元営業部次長(当時55歳)が業務上横領で逮捕された。道新は直後に、「内部調査の結果、これ以外に横領事案はない」と発表した。この捜査の過程で、道新の社長も、道警の事情聴取を受け、警察の恐さにびびり始めたらしいという、道新の内情に詳しいジャーナリストの証言がある。

 2005年3月、道新は、道警の泳がせ捜査失敗を報道した。直後に道警から、「泳がせ捜査をした事実はない」として、説明と記事削除を求められたが、道新は、「疑惑を報じたものであり、道警の否定コメントも載せている」として、抗議を無視した。

 同年7月、道新は大幅な人事異動を発令した。報道本部長には、警察との対決に陣頭指揮をとり続けた前任者とは正反対の「まさに警察ベッタリ」(道新記者)の人物が就任した。新本部長は、かつて道警記者クラブのキャップも務め、道警の広報担当とも「非常に仲が良い」(同)という。その後、道新の道警との対決姿勢は弱まっていき、「裏ガネ追及プロジェクトチーム」は事実上解散した。

 同年11月、一部週刊誌の報道で、道新東京支社の元営業部長(当時45歳)の業務上横領が発覚した。道新は、「本人は懲戒解雇した。カネは全額返済する意思を示しているので、刑事告訴はしない」と発表した。

 2006年1月、道新は、泳がせ捜査失敗の記事に関して謝罪した。

 上記の5つの事実には、一見、何の関連も見られないが、道新の2つの業務上横領事案と、その処理の失敗が、道警の恫喝と、後の道新の謝罪を招くことになったのだ。

 東京での横領事案で、道新が出したコメント「本人は懲戒解雇した」は、真っ赤なウソだった。

 実は、この事案は、週刊誌が報じる数カ月前に、道新は社内で把握していた。しかし、前年の、室蘭での横領事件の際に、「これ以外に横領事案はない」と発表していたため、この事案を公にすることができず、犯人を密かに退職させ(しかも、早期退職ということで退職金を上積み)、さらに再就職も世話して、この件を落着させていたのだ。しかし、内部告発で、横領がマスコミに流れたため、道新は、仕方なく「本人は懲戒解雇した」と、ウソの発表をした。
 
 後日、このことに関して、道新の記者は、私に、

「クビにしたことになってるけど、本当は違うんだよなあ。しっかり退職金払ってるし。まずいよなあ。うちの会社、どうなっちゃうんだろう」

 と、小声で語った。

 裏ガネ問題で、道新を親の仇のように憎んでいた道警は、週刊誌報道に飛びつき、バーター取引を開始する。東京の事案を立件すると脅しながら、泳がせ捜査の記事の削除と謝罪、さらに裏ガネ取材の沈静化を、密かに道新幹部に申し入れた。

 前出の道新記者は、

「うーん、道警からの圧力は、確かにあったね」

 と語る。

 東京の事案が立件されれば、室蘭の事件の際のずさんな内部調査が明るみに出るし、「懲戒解雇」のウソもばれる危険がある。陣容も警察寄りに変わっていた道新は、この圧力に屈し、謝罪記事を掲載するに至る。

 道新記者によれば、泳がせ捜査の取材に関する内部調査は、ほとんど行われなかったという。まず謝罪記事ありきで、物事が進められたということだ。ともかく、これで道新と道警は、めでたく手打ちとなった。

 室蘭の事件の際のいいかげんな内部調査、東京の事案の際の姑息な隠蔽工作、これらは、道新自身が叩き続けてきた、道警の裏ガネ隠しの手法そのものだ。

 結局、道新は、道警の脅しに屈し、「取材不足」を認めるという、新聞としての自殺行為を招いてしまった。唯一の抵抗は、謝罪記事で述べている、「一方(中略)『泳がせ捜査』がなかったという確証も得られませんでした」という部分だろう。

 この文言で、現場の記者たちの鬱憤も、やや晴れたというべきか。

「会議室」と「現場」の乖離。道新は今、警察と似た状況に陥った。この謝罪記事によって、記者たちの旺盛な意欲がそがれることにならないよう、祈るばかりだ。

 そして、この問題の原点である、「泳がせ捜査」そのものについても、検証の必要があるだろう。そこには、道警の元警部で、現在服役囚である稲葉圭昭氏が、深くかかわっている。

 今回の道新の謝罪記事掲載について、いわゆるマスメディアは、ほとんど論評していない。何人かの関係者に聞くと、マスメディアの考えは、次のような意見に集約される。

「この問題は、マスメディアとしても、非常にデリケートな部分が含まれています。『道警』対『道新』という構図が、『論評したメディア』対『道新』に、すり替わって伝わってしまう危険があります。メディアの同士討ちになれば、それこそ警察の思うつぼです」

 しかし、道新が道警に屈した経緯とそれに対する批判は、ジャーナリズムの自浄作用のうえからも、広く伝えられるべきだ。ここでも、フリーランスが身を捨てて、マスメディアから疎まれながらも、ネット上で訴えるしかないという現実がある。

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» 北海道新聞が警察に屈した日 [市民オンブズマン 事務局日誌]
元北海道警釧路方面本部長で、北海道警 稲葉圭昭元警部の元上司でもあり、 北海道警の裏金問題を告発した原田宏二氏(明るい警察を実現する全国 ネットワーク 代表)が、「北海道新聞が警察に屈した日」と題する文書を 06/2/22にホームページ上で発表しました。 全文は以下のページで。PDFでも読めます。 http://www.ombudsman.jp/akarui/ http://www.ombudsman.jp/policedata/doushin.pdf 原田氏が書いた内容は、北海道... [続きを読む]

受信: 2006年2月25日 (土) 08時32分