身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(24)
道警追及Ⅹ
後に、道警の「泳がせ捜査失敗」の記事を掲載するに至る、北海道新聞(道新)の取材の発端は、道警の稲葉圭昭元警部(現服役囚)が、覚せい剤や拳銃の不法所持で裁かれていた法廷での、被告自身の証言と、裁判長宛ての上申書だ。証言は、2003年2月24日のことである。
「2000年の4月か5月に、捜査協力者を使って、泳がせ捜査をしました。警察と税関との緊密な連携により、実行されました。香港から石狩新港に入る覚せい剤の2回の取引を見逃して、次に拳銃を密輸させ、それを摘発する予定でしたが、捜査は失敗し、拳銃を摘発できなかったばかりか、覚せい剤や大麻が、大量に流入してしまいました。捜査失敗の事実は関係者全員の秘密とすることで、この件は闇に葬られました」(証言と上申書の要旨)。
泳がせ捜査は、警察用語では「CD(コントロールド・デリバリー)捜査」と言われる。直訳すれば、「管理された流通」とでも言おうか。私が警視庁勤務当時に、自分が受けた昇任試験で、「コントロールド・デリバリーについて説明せよ」という問題が出たことがある。警察にとっては重要な語句だ。
違法な輸入品は、税関で発見された時点で押収・摘発するのが原則だが、大がかりで、組織犯罪の可能性がある覚せい剤や拳銃などを、十分な監視のもとで、税関を通して国内に流通させ、密輸・密売の関係者を一網打尽にしてしまおうというのが泳がせ捜査で、麻薬特例法や銃刀法で認められている捜査手法である。
「泳がせ捜査失敗」を証言した稲葉元警部は、道警の銃器摘発の第一人者で、すばらしい実績を誇っていたが、自らが覚せい剤や拳銃に手を染め、転落していく。いわゆる「稲葉事件」である。この事件は、自殺者を2名も出し、全道を揺るがした大事件になるのだが、詳細は別稿に譲る。
ともかく、稲葉元警部の仰天証言から、道新は、真偽確認のための取材を開始し、「稲葉元警部が暴露した話と矛盾しない証言」(2006年1月14日付の道新の謝罪記事)を、「複数の捜査関係者」(同)から入手する。
さらに道新は、稲葉元警部が、親交が深かった原田宏二元釧路方面本部長(道警裏ガネの告発者)に、獄中から宛てた手紙で、この件について、より具体的に書いていることを知り、「取材を加速」(上記謝罪記事)させ、記事掲載に至る。道新とすれば、刑が確定し、現に服役中の稲葉元警部が、あえてウソをつく理由はないと判断したようだ。
しかし道新は、道警の圧力に屈し、最終的には、この記事が不適切だったとして謝罪した〔既報〈身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(23)道警追及Ⅸ〉参照〉〕。
複数の捜査関係者から入手した証言のほとんどが「伝聞」だったこと、具体的な証言は、稲葉証言以外なかったこと、国内に入ったとされるブツの行方がまったくつかめなかったことなどが内部調査で判明したと、謝罪記事は伝えている。
泳がせ捜査は、あったのか否か、大量の覚せい剤と大麻は、国内に入ったのか否か、今となっては、真相は藪の中だ。道警と手討ちして、この件を闇に葬った道新には、追加取材する力も気概もないだろう。
稲葉証言の真偽について、警察関係者への取材で、100%の確証を得ることは不可能に近い。直接捜査にあたった関係者が全員口をつぐんだら、証言を得られたとしても、「推測」「伝聞」だ。裏ガネを幹部がポケットマネーにしているという、限りなく黒に近い疑惑(私自身は、実体験としてそれが事実であると知っているが)でさえ、元幹部の告白があっても、メディアは追及し切れない。
しかし、この件については、警察関係者の内部告発以外にも証言がある。北海道を地盤とするジャーナリスト、曽我部司氏が、『月刊現代』誌の2004年9月号に寄稿した、「北海道警が闇に葬った大スキャンダル」という記事の一部で、地元暴力団関係者の覚せい剤密輸に関する証言だ。
「香港で荷積みしてから石狩湾新港で荷揚げしている。2000年3月から2001年6月まで、少なくとも2回、荷揚げしている。税関もおとり捜査を承知していたから、通関はアッという間で簡単にシャブを入れることができた」
さらに、この記事によれば、道警と税関は、覚せい剤密輸を数回見逃したあと、中国マフィアに拳銃を密輸させ、摘発することになっていたという。
この記事で語られている内容は、荷積み・荷揚げの場所、時期、回数、税関の関与、拳銃摘発の予定などが、稲葉証言と完全に一致する。しかも、密輸にかかわった当事者の証言だ。
道新自身は、取材不足を理由に「泳がせ捜査失敗」の記事について謝罪したが、曽我部氏の記事を併せて考えれば、「泳がせ捜査」自体はあったと考えるのが妥当だろう。
道警は、泳がせ捜査があったとは、絶対に認めるはずがない。法が認める泳がせ捜査は、「十分な監視のもとで密輸品を流通させる」というものであり、拳銃摘発のために覚せい剤を「見逃す」という手法は、完全に違法だからだ。このことが明らかになれば、道警本部長の首が飛ぶ。
前出の原田宏二氏は、著書『警察内部告発者」(講談社)の中で、この件について、こう述べている。
「石狩新港の薬物密輸事件は、それこそ、道警上層部のなりふりかまわないノルマ達成のための要請と、捜査現場のおとり捜査や泳がせ捜査の濫用による麻痺が、完全に合致したケースといってもよい」
道警は、薬物・銃器に関する捜査の実態をよく知る稲葉元警部を、単なる悪徳警察官に仕立て上げることで、組織捜査の暗部を1度は守ったが、その後、すぐに裏ガネ報道で道新に組織をガタガタにされ、さらに、稲葉元警部がおとなしく服役して落着したはずの、「泳がせ捜査失敗」疑惑までが、再度道新に取り沙汰されたため、なりふり構わぬ恫喝で、道新をねじ伏せたということだ。
もちろん、稲葉元警部は、覚せい剤や拳銃の不法所持という重大な犯罪を犯した。そのことで、彼が刑に服すのは当然である。しかし、いわゆる「稲葉事件」は、それだけで決着してよい問題ではない。「やらせ」「おとり」「泳がせ」「S(スパイ)の運用」という、組織捜査の実態、そして、ひいては「裏ガネの運用」という問題にもかかわる、警察始まって以来の一大スキャンダルなのだ。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/133720/8822451
この記事へのトラックバック一覧です: 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(24)
道警追及Ⅹ:
» 高知新聞の心意気~高知県警の裏金 [踊る新聞屋-。]
高知というのは奥深い土地だ。坂本龍馬を輩出した地に男子は盲目的にあこがれ、女子は…酒が強い^^; その高知で、県警の裏金づくりが監査委員によって認定された。 [続きを読む]
受信: 2006年2月25日 (土) 21時08分

![: ニッポンの恥! [別冊宝島Real]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/11gz2HE5fsL.jpg)


