身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(番外編)
証人対決Ⅰ
去る6月26日、私は裁判の証人となった。「警察見張番」(「かながわ市民オンブズマン」の警察担当部門)が2005年に起こし、横浜地裁で審理されている裁判で、神奈川県警高速道路交通警察隊長・森藤秀之(もりとう・ひでゆき)警視と、証人同士の対決をしたのだ。
そのときが、第9回口頭弁論であり、最初で最後の証人尋問だった。
捜査に協力した一般人に謝礼として支払う捜査費(国費)、捜査報償費(都道府県費)というものがあるが、それらの支出書類を、全国の警察は、「捜査協力者の保護」「捜査状況の秘匿」を理由に、まったく公開していない。しかし、近年、謝礼を受け取った人が皆無であり、領収書は警察官が偽造しているという事実が次々に明らかになっている。
2004年11月、全国の市民オンブズマンが一斉に、2000年度、2003年度の少年部門、交通指導(捜査)部門における捜査報償費の支出書類を、各県警に情報公開請求した。しかし、他県と同様、神奈川県でも、書類のほとんどが非開示とされたため、その処分の取り消しを求めて提訴されたのが、今回の訴訟だ。
原告側が私に期待する証言内容は、
「私は、警視庁での18年間の会計実務の経験から、警視庁においては、捜査報償費が偽造領収書によって100%裏ガネになっていることや、警視庁や警察庁による内部監査が、不正隠しの指導だったことを知っている。警察庁が、警視庁にだけ不正の指導をすることはあり得ないから、神奈川県警も、当然同じであると考えられる。だから、神奈川県警が、捜査報償費の支出書類を開示しない理由としている『捜査協力者の保護』『捜査状況の秘匿』は、まったくのウソであり、開示できない真の理由は『不正経理の秘匿』である」
ということだった(原告側が私を証人申請し、裁判所が採用した)。
私は、宮城県での捜査報償費の情報公開訴訟で、陳述書を提出したことはあるが、証人出廷は初めてである。さすがにはじめは緊張した。また、「宣誓書」を証人2人で声を合わせて読み上げる場面では、思わず赤面した。
我々に対する証人尋問は、地元メディアでさえまったく報道しなかったが、傍聴していた元参議院議員の畑野君枝氏が、
「それぞれ1時間余りの証人尋問でしたが、緊迫したやりとりには、傍聴している方も時間が短く感じられるほどでした」
と語るなど、私自身が第三者的に見ても、なかなかおもしろいものだった。
まずは、私に対する主尋問だ。この間、被告側証人である森藤警視は、法廷の外に出された。私の証言を聞かせないためだが、原告代理人として私を尋問した鈴木健弁護士(「警察見張番」事務局長)によれば、
「大内さんへの尋問中、県警関係者と思われる傍聴人が、しきりに法廷を出たり入ったりしていた」
ようなので、私の証言は、ある程度漏れていたと見るべきだろう。
私への主尋問は、事前の打ち合わせどおりスムーズに進んだ。はじめの数分は緊張していたが、私の証言漏れを、鈴木弁護士が適宜フォローして導き出しているうちに、私は、5年前に自分がした告発会見〔既報〈第2次記者クラブ訴訟(4)ハンス・ヴァン・デル・ルフト氏(特派員)の「陳述書」〉参照〕のような気分になり、完璧に落ちつくことができた。
私が警視庁勤務当時に、会計担当として、捜査報償費の不正支出に複数の部署で直接かかわったこと、内部監査にも何度か立会い、その実態が、会計検査院や自治体の監査委員による検査・監査を乗りきるための不正隠蔽の指導であることを知ったということなどを、実体験として証言した。
さらに、私が警視庁を退職した後に直接取材した北海道や愛媛でも、警視庁とまったく同じ手法で不正経理が行われていたことも語った。
さて、問題の反対尋問である。
被告側の方針は明らかだ。私の証言に信憑(しんぴょう)性がないことを、裁判所に印象づけることだ。事実、被告側の質問は、終始その試みだった。
「あなたは、実際に捜査報償費を使ったことはありませんね?」
「あなたが偽造領収書を書いていたのは1998年までであり、それ以降についての証言は伝聞や推測ですね?」
「あなたが宮城県の情報公開訴訟で提出した陳述書について、判決文に『大内陳述は、どの部分が自らの経験なのかが詳(つまび)らかでなく、本人の経歴を見ても、警視庁全体について証言できるとは思えない』というようなことが書かれていますが、知っていましたか?」
1つ目の質問には「はい」、3つ目には「知りません」と、正直に答えるしかなかったが、2つ目の質問中にある「1998年以降は伝聞」という言葉に、被告側は妙にこだわり、しつこく何度も繰り返したので、私も最後には、こう聞き返してしまった。
「私は、2000年に会った元同僚との会話を証言したんです。本人が『僕は今でも偽造領収書を書いている』と私に言ったと。それが伝聞ですか?」
被告側は、なおも食い下がる。
「うーん、伝聞ではないにしても、あなたは、その人が、その当時に偽造領収書を書いているのを実際に見たわけではありませんね?」
「はい、見てはいません」
被告側は、ようやく納得したようだ。つまり、被告側としては、「警察の不正経理が全国的であったとしても、それを大内証人が証言できるのは、証人自身が実際に偽造領収書を書いていた1998年までであり、今回開示が求められている2000年度と2003年度の書類については、証人には語れない」と言いたいわけだ。
最後に被告側は、私の証人としての適格性をも攻撃しはじめた。
「一部週刊誌の報道によると、あなたは不倫が原因で警視庁を退職したとされていますが、事実ですか?」
「不倫で懲戒処分を受けたことがありますか?」
「懲戒処分に至らなくても、不倫で口頭注意などを受けたことは?」
「不倫」という言葉が、何度も繰り返された。
私の不倫問題については、既報〈身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(6)決別〉のとおりであり、質問にも、それぞれ、
「事実ではありません」
「ありません」
「退職の2年前に始末書を書きました」
と答えた。
閉廷後、鈴木弁護士は、こう語っている。
「あのとき、異議を挟もうとも思いましたが、変に騒ぐと相手の思惑に乗ることになるし、大内さんが堂々と答えていたこともあって、やめました」
私自身は、この質問をある程度予想しており、「私怨」で、あることないことをぶちまけていると、裁判所に思われたらイヤだなとは思っていたが、逆に「こんな質問をするようだったら、相手もネタ切れだな」とも考えていたので、実際に聞かれても、さほどの動揺はなかった。
私への尋問がすべて終わったとき、私には、達成感も失望感もなかった。何度も語ったり書いたりしてきたことを、ただ、裁判所でしゃべっただけだった。
鈴木弁護士は、こうも言っていた。
「最後まで堂々としていましたよ。よく考えれば、大内さんは、現職当時、検査や監査で今日以上にいじめられた経験は何度もあるでしょうから、反対尋問なんて、たいしたことないのかもしれませんね」
言われてみればそのとおりだった。検査や監査を受けているときの緊張感は、証人尋問の比ではない。その経験が生きたのかもしれない。
さて、私は、自分への尋問が終わると、そのまま傍聴席に座った。先に尋問が終わった証人は、あとの尋問を聞くことができるのだ。
森藤警視への尋問のおもしろさは、私以上だった。
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