2006年8月29日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(番外編)
証人対決Ⅲ

 神奈川県警高速道路交通警察隊長・森藤秀之(もりとう・ひでゆき)警視の「証言拒否」は、完全に裏目に出た。

 鈴木健弁護士は、顔だけはにこやかに、質問を続ける。

「私がお聞きしたのは、今お示しした警視庁の書類に、協力者情報や捜査情報があるのかということですよ。一般的な質問ですから、答えてください」

 石像のようにカチカチになってしまった森藤氏に、裁判長も「これは答えられるでしょう」と苦笑いして証言を促す。

 ついに森藤氏は観念した。

「そのような情報はありません」

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証人対決Ⅲ"

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2006年8月28日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(番外編)
証人対決Ⅱ

 被告側の証人である、神奈川県警高速道路交通警察隊長・森藤秀之(もりとう・ひでゆき)警視は、2003年当時、同県警交通指導課の課長代理をしていた。今回開示が求められている、交通指導課の捜査報償費の支出書類を、直接、記入・管理していた人物ということになる。

 私の見るところ、森藤氏は、所属長にありがちな、やや尊大な振る舞いがまったくなく、実直そのものの人物だった。県警は、その点を重視して、氏を証人に選んだと思われた。

 しかし、その実直さが、後の反対尋問では、マイナスに働くこととなる。

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証人対決Ⅱ"

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2006年8月21日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(番外編)
証人対決Ⅰ

 去る6月26日、私は裁判の証人となった。「警察見張番」(「かながわ市民オンブズマン」の警察担当部門)が2005年に起こし、横浜地裁で審理されている裁判で、神奈川県警高速道路交通警察隊長・森藤秀之(もりとう・ひでゆき)警視と、証人同士の対決をしたのだ。

 そのときが、第9回口頭弁論であり、最初で最後の証人尋問だった。

 捜査に協力した一般人に謝礼として支払う捜査費(国費)、捜査報償費(都道府県費)というものがあるが、それらの支出書類を、全国の警察は、「捜査協力者の保護」「捜査状況の秘匿」を理由に、まったく公開していない。しかし、近年、謝礼を受け取った人が皆無であり、領収書は警察官が偽造しているという事実が次々に明らかになっている。

 2004年11月、全国の市民オンブズマンが一斉に、2000年度、2003年度の少年部門、交通指導(捜査)部門における捜査報償費の支出書類を、各県警に情報公開請求した。しかし、他県と同様、神奈川県でも、書類のほとんどが非開示とされたため、その処分の取り消しを求めて提訴されたのが、今回の訴訟だ。

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証人対決Ⅰ"

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2006年4月18日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(27)
愛媛県警・2人の内部告発者Ⅰ

 2004年5月、北海道警が、旭川中央署、弟子屈署についてのみ、捜査報償費の不正経理を認めた頃、愛媛県では、元大洲警察署会計課長が、匿名で、同県警の捜査報償費支出のデタラメぶりについて告発していた。

 元課長は、不正経理の証拠となる「ブツ」を持っていたため、地元の一部メディアが大きく取り上げたが、中央までは届かず、県警も、「内部調査する」とだけ発表した。

 私自身も、北海道との2本立てで飛び回る資金的余裕はなく、やむなく、地元の報道だけで、事態の推移を見守っていた。

 しかし、その年の夏、やはり私は、愛媛に飛ぶこととなった。自分の財布の中身に構っていられない事態になったからだ。

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2006年3月14日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(26)
道警追及ⅩⅡ

 道警の裏ガネ追及は、現時点では、ほぼすべての動きがストップしてしまった。その現状を報告し、「道警追及シリーズ」の一応の区切りとしたい。

 道警は、ほぼすべての所属で不正経理があったことだけは認めた。そして、2004年12月に3000人の懲戒処分を発表、2005年11月には、国と道へ総額9億円あまりを返還し、同年12月には、送検・告発のあった幹部らの刑事処分(不起訴)も決定したことから、今回の問題は終結したと考えている。

 しかし、この決着には、道警内部からの批判も強い。

 懲戒処分については、「訓戒処分を受けた本部長が、部下に訓戒処分を出すことに、何の意味があるのか」と、現職幹部も首をかしげる。

 国と道へのカネの返還については、さらに滑稽だし、重大な疑惑も残る。

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道警追及ⅩⅡ"

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2006年3月 3日 (金)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(25)
道警追及ⅩⅠ

 いわゆる「稲葉事件」が発覚したのは、2002年7月5日、1人の男が覚せい剤を持って、札幌北警察署に自首してきたことによる。

 渡辺司元被告(当時40歳)。彼は、自首したにもかかわらず、警察では黙秘を通し、裁判所での勾留尋問になって初めて、稲葉圭昭警部と自分の悪行を、洗いざらい告白した。

「自分は、稲葉警部に利用された。警察のS(スパイ)として、ずっと協力してきたが、稲葉警部の、覚せい剤や拳銃を調達しろという要求は激しくなる一方で、もはや耐えられない。しかも、稲葉警部は、自分で覚せい剤を使っているし、拳銃も持っている」

 警察が、Sを使って提出させたり、警察自身が買い上げたりした覚せい剤や拳銃を、あたかも内偵から摘発に至ったように装って実績にしてしまう、いわゆる「やらせ捜査」を暴露したのだ。

 彼は、自分の供述の内容が、警察にとっては衝撃的事実であり、警察でしゃべっても、握り潰されると考え、裁判官の前で初めて供述したらしい。

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道警追及ⅩⅠ"

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2006年2月25日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(24)
道警追及Ⅹ

 後に、道警の「泳がせ捜査失敗」の記事を掲載するに至る、北海道新聞(道新)の取材の発端は、道警の稲葉圭昭元警部(現服役囚)が、覚せい剤や拳銃の不法所持で裁かれていた法廷での、被告自身の証言と、裁判長宛ての上申書だ。証言は、2003年2月24日のことである。

「2000年の4月か5月に、捜査協力者を使って、泳がせ捜査をしました。警察と税関との緊密な連携により、実行されました。香港から石狩新港に入る覚せい剤の2回の取引を見逃して、次に拳銃を密輸させ、それを摘発する予定でしたが、捜査は失敗し、拳銃を摘発できなかったばかりか、覚せい剤や大麻が、大量に流入してしまいました。捜査失敗の事実は関係者全員の秘密とすることで、この件は闇に葬られました」(証言と上申書の要旨)。

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道警追及Ⅹ"

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2006年2月19日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(23)
道警追及Ⅸ

「覚せい剤130キロ 道内流入?」「道警と函館税関『泳がせ捜査』失敗」「大麻も2トン、密売か」

 北海道新聞(道新)は、2005年3月13日の朝刊社会面に、こんな見出しを打ち、道警が、泳がせ捜査に失敗した結果、大量の覚せい剤や大麻が、国内に入ってしまった疑いがあると報じたが、その10カ月後の今年1月14日、今度は、この件に関する謝罪記事を掲載した。

 いわく「この記事は、泳がせ捜査失敗の『疑い』を提示したものであり、道警及び函館税関の『否定』を付記しているとはいえ、記事の書き方や見出し、裏付け要素に不十分な点があり、全体として誤った印象を与える不適切な記事と判断しました。関係者と読者の皆さまにご迷惑をおかけしたことをおわびします」というものだ。

 この謝罪の背景には、「道警」と「道新」が、まるで「暴力団」と「弱みを握られた企業」というような関係になってしまったという事実があった。

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2006年1月31日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(22)
道警追及Ⅷ

 2003年秋に発覚した道警の不正経理問題が、ここまで長期化し、また、芦刈勝治道警本部長(当時)に、道議会や会見で何度も頭を下げさせたのは、北海道新聞(道新)の力によるところが大きい。

 現実に道新は、2004年には、道警裏ガネ追及報道で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)大賞、日本新聞協会賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーリスト大賞を、次々に受賞した。

 だが、この問題発覚の発端となったテレビ番組『ザ・スクープスペシャル』〔既報〈身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(15)道警追及Ⅰ〉参照〕が放映された直後、道新は、他紙に遅れをとっていた。

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2006年1月19日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(21)
道警追及Ⅶ

 元北海道警弟子屈署次長、齋藤邦雄氏は、裏ガネの金庫番だった自らの経験を克明に述べているが、それだけではなく、氏は、手持ちの裏ガネ資料を、すべてさらけ出した。

 自分のところに集まった裏ガネが、その後、幹部のヤミ手当として、また、部内の飲食費として、その他正規の予算としては使えない、さまざまな用途に使われたことを示す、いわゆる裏帳簿は、かなり話題になったが、実は、齋藤氏が公表した裏ガネ資料の中には、会計実務を18年やった私も初めて見る、不可思議な書類もあった。

「捜査費設定書」(黒塗りは本ブログによる・以下、設定書)

 この書類こそ、捜査費の支出がすべてインチキであり、しかも、この不正経理が道警本部主導で行われていることを白日の下に晒す、決定的証拠なのである。

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2006年1月 8日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(20)
道警追及Ⅵ

 道警が、北見方面本部の不正経理を立件する4か月前の、2005年1月14日、民主党の鉢呂吉雄、佐々木秀典両衆議院議員は、一連の道警の不正経理に関して、7名の道警現職警察官を、東京地検に刑事告発した。

 2000年度から2001年度にかけて、道内の警察署長として勤務し、副署長らと共謀して公金を横領したとして、中塚幸男総務部長(告発当時・以下同じ)、高橋道夫総務課長、五十嵐敏明生活安全部長、角森正人函館方面本部長、片貝忠男釧路方面本部長の計5名が、業務上横領容疑。

 2002年度に、北見方面本部警備課長として、スナックの領収書を偽造して公金を横領したとして、和田徹道警本部地域企画課調査官が、有印私文書偽造・同行使と業務上横領容疑。

 2003年度に、北見方面本部警備課長として、パブの偽造領収書を会計検査院に提出したとして、畠山伸一道警本部警務部付が、有印私文書偽造・同行使と偽計業務妨害容疑。

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2005年12月22日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(19)
道警追及Ⅴ

 2003年に発覚した、道警の裏ガネ問題が、現在に至るまで、追及され続けているのは、もちろん、北海道新聞の粘り強い報道によるところが大きいが、「人」と「物」が、次々に現れたという点も見逃せない。

 まず、「人」である。道警の幹部OBでありながら、実名で内部告発した、原田宏二氏、齋藤邦雄氏、「不正はないがカネは返す」という不可解な行動をとった、元旭川中央署長の島満広氏、舞良昭宏氏については、既報のとおりだが、さらに、2004年3月には、北見方面本部で、捜査費の支出書類に、架空の領収書が添付されていたことが判明。当時、同本部の警備課長だった畠山伸一警視が、書類の偽造と隠蔽工作を認めるという事案が発生した。

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2005年12月12日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(18)
道警追及Ⅳ

 2004年3月4日、私は、再び札幌を訪れた。この日の午後、元釧路方面本部長の原田宏二氏が、道議会の総務委員会で、参考人として裏ガネ証言をすることになっていたからだ。地元のテレビ局に傍聴席を確保してもらい、私は最前列に座った。

 平日の昼間ということで、傍聴席は、年配の人が多かったが、熱気に溢れていた。私が話を聞けた何人かが共通して言うのは、「お役人さん、もう、いいかげんにしてくれ」ということだった。確かに、北海道では、90年代半ばから、道庁の裏ガネづくり(最終的に、約71億円が「不正支出」とされた)、道警警部による、やらせ捜査や覚せい剤所持事件など、「官」のデタラメが相次いで発覚しており、道民の怒りも、最高潮に達していたのだろう。

 また、この日の参考人質疑はメディアも注目しており、NHKが異例の全道生中継、民放各社も特別報道番組を組むなど、まさに全道民の視線に晒されることとなった。

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2005年12月 3日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(17)
道警追及Ⅲ

 釧路方面本部長まで務め上げた、原田宏二氏による裏ガネ証言(2004年2月10日の記者会見)は、道警、道民に大きな衝撃を与えたが、氏の証言は、本人も強調しているように、氏が在職していた1995年までは、裏ガネが存在したという話であり、それ以降については、何も語られていない。

 そして、そのことから、道警内部では、

「あんな会見をしたら、今でも裏ガネがあるように思われてしまう」

 などと平気でウソぶく幹部もいた。

 さらに、私の機動隊旅費に関する告発が、証拠もない、ただの話だったために黙殺されたのと同様、原田証言も、元最高幹部の言葉という重みはあるにせよ、証拠がなかったため、道警の全面否定を覆すのは困難に思われた。

 この状況を憂い、

「原田さんのために、自分が持っている証拠を役立てたい」

 と決意した人物がいた。

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2005年11月25日 (金)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(16)
道警追及Ⅱ

 2004年2月21日、私は、吹雪の新千歳空港に降り立った。目的は2つ。ひとつは、翌日のテレビ番組出演。そしてもうひとつは、2人の人間に会うことだった。

 翌22日に、UHB(北海道文化放送)で生放送された「生まれ変われ道警!」では、ジャーナリストの大谷昭宏氏、札幌市民オンブズマンの渡辺達生弁護士とともに、私は、道警再生の方策を論じた。道内のみの放映という点が残念ではあった。

 折りしも、2003年11月に発覚した、北海道警旭川中央署の捜査報償費問題は、2004年2月に入って、さまざまな展開を見せ始めていた。

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2005年11月17日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(15)
道警追及Ⅰ

 2000年に警視庁退職、2001年に警視庁の不正経理を実名告発、2002年には告発本の出版。私のそんな個人年表も、2003年の欄は、何も記されずに過ぎていった。

 しかし、その年の晩秋、北海道警が突然世間の注目を集めることとなった。旭川中央署の捜査報償費の支出書類が流出したのだ。情報公開請求しても、「捜査上の秘密」を理由に、まったく開示されない極秘書類だ。2003年11月23日、テレビ朝日系『ザ・スクープスペシャル』で、その書類が丹念に検証された。

 キャスターの鳥越俊太郎氏が、流出した領収書から、捜査協力謝礼を受け取ったとされる人たちを、一人ひとり取材して回る映像は、まさに圧巻だった。

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2005年11月 5日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(14)
内部告発者の意地

 2002年の『警視庁裏ガネ担当』出版後、私に、各地の弁護士や、市民オンブズマンからの接触が始まった。著書が名刺代わりになったということだろう。

 折りしも2002年は、日本弁護士連合会(日弁連)が、「警察改革の検証」を標榜し、情報公開請求、警察庁や公安委員会への照会、首長へのアンケートなどを精力的に行っていた。

 特に情報公開請求では、何の秘匿性もないはずの旅費や食糧費の支出文書ですら真っ黒になって開示される状況は、「警察改革」という美名とはほど遠く、各地で開示請求訴訟が提起され、また、日弁連が毎年開催する「人権擁護大会」では、その年、「警察の情報公開」が、テーマのひとつとなっていた。

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2005年10月31日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(13)
初成果

 2001年7月に、警視庁機動隊の旅費の不正経理について実名で告発した後、私は、警視庁での18年間の「裏ガネ人生」を単行本にすべく、執筆を始めていた。

 これは、警察が、日常業務として犯罪行為を行っていることを、歴史に形として残しておくことで、私が生きた証にするという作業であり、私にとって、最も大切なものだった。

 2002年の年明け、書き終えた原稿を読んで、編集者は「捨て身の蛮勇」と、校閲者は「自爆テロ」と評した。

 そして、ハードカバーの『警視庁裏ガネ担当』(講談社)は、4月18日に店頭に並ぶことが決まった。

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2005年10月24日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(12)
平沢勝栄衆議院議員

 2001年11月、「ビートたけしのTVタックル」という番組のスタッフから、こんな話が来た。

「番組で警察の裏ガネ問題を取り上げます。大内さんには、まずインタビューで、機動隊旅費の不正経理の実態をしゃべってもらって、それをスタジオで流しながら、たけしさんや他のゲストとトークしてほしいのですが。平沢勝栄さんもゲストで出ます」

 平沢勝栄衆議院議員。今では、対北朝鮮問題でおなじみだが、彼はもともと、警視庁防犯部長、岡山県警本部長、警察庁長官官房審議官などを歴任した、警察官僚である。

 平沢氏が警察で歩いた道筋は、私が告発し続けてきた裏ガネ問題と無縁ではない。むしろ、氏の立場では、細かい仕組みを知らないにせよ、裏ガネで、相当「おいしい」思いをしたはずだ。私は、そんな氏との直接対決を楽しみにしていた。

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2005年10月16日 (日)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(11)
政治家よ、おまえもか

 会計検査院には、警察の不正経理を追及する気概も、組織力もないことがはっきりしたので、私は、次の拠りどころを国会議員に決めた。

 既出のジャーナリスト、寺澤有氏のつてを借り、私は、2001年の秋、社民党の北川れん子氏、民主党の枝野幸男氏、共産党の吉川春子氏(実際の応対は秘書)を議員会館に訪ね、警察の実態を訴えた。

 私は、その中で、枝野氏には特に期待していた。当時、氏は党の政調会長代理だったし、役人とやり合う姿が、テレビで何度も放映されていたからだ。

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2005年10月11日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(10)
無力な会計検査院

 警視庁機動隊の旅費の不正経理に関する実名告発第1弾「私が手を染めた『警視庁裏ガネ工作』のすべて」(『フライデー』〈2001年8月3日号〉)、第2弾「警視庁『裏ガネ工作』告発を黙殺する当局と大メディア」(同〈2001年8月10日号〉)。これらがほぼ不発に終わり、私は次の手を打った。

 会計検査院の内規で「外部情報取扱要領」というものがある。外部からの実名での情報提供に対し、会計検査院が必要と認めた場合、現場に赴いて実地検査をするというものだ。私は、2001年9月、その「実地検査要求」をした。

 規程によれば、実地検査の結果は、要求者には知らされないということだが、私は、11月、会計検査院に、他の件で情報公開請求に行ったついでに、検査結果に関する取材を試みた。

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2005年10月 6日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(9)
ライフワーク

 私は、18年間の実体験に基づく、警視庁の裏ガネづくりを、実名顔出しで告発することを決意した。

 告発の前に、最後にすべきことは、現職の地方公務員の妻、準公務員扱いの旧電電公社(現NTT)職員だった両親を、いかに説得するかということだった。

 しかし、私は、そのことについては最初から断念していた。それぞれの立場や経歴から、公務員だった私が、元の職場を内部告発するなどということに、もろ手を挙げて賛成してくれるとは、到底思えなかったからだ。

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2005年10月 3日 (月)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(8)
出るか引くか

 2001年4月に、機動隊員に支給されるべき旅費が、全部裏ガネとなって、警視庁警備第1課にプールされといると、匿名で告発して以来、私には、さまざまなことが起きた。

「上司に『おまえ、大内と連絡取り合ってるようだが』と、それとなく注意されたよ。おまえの携帯、発信記録取られてるぞ。もう、携帯からおれに電話しないでくれ」

 と、昔の同僚から電話があった。

「最近どう? 就職活動、うまくいってる? 一度、本部の『人材情報センター』(警務部に属し、幹部の天下り先など、最就職先の発掘やあっせんをする部署)に行ってみれば? 『ぜひ相談にのりたい』って言ってたよ」

 これも、昔の同僚からの電話。

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2005年10月 1日 (土)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(7)
匿名告発

 2000年10月に、私は警視庁を退職したが、次の就職先もすぐに決まったので、また、以前と変わらない、サラリーマン生活が始まるはずだった。

 しかし、11月の中頃、「脳出血」という大病が私を襲った。右半身は、軽い麻痺状態になった。結果的には、幸いなことに後遺症もなく、入院も2週間で済んだが、就職はパーになった。

 入院中、私は、生まれて初めて自分の「死」を考えた。そのうち、ふと「警視庁という組織と自分の死」に思いが至った。

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2005年9月28日 (水)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(6)
決別

 警備部警備第1課に2年3カ月勤務したあと、私は総務部企画課犯罪被害者対策室に転勤した。そして、その1年3カ月後の2000年10月、私は「一身上の都合」で、警視庁を退職したが、それは、事実上の辞職勧告を受けたというのが真の理由だ。

 自分で言うのも変だが、私はずっと、八方美人的に職場での人間関係を築いてきたし、仕事に対して自信もあった。しかし、企画課で、私は初めて「うまくいかない」上司に出くわした。

「何が?」と聞かれても、うまく答えられない。とにかく仕事的にも、人間関係的にも「うまくいかない」のだ。

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2005年9月22日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(5)
タクシー代と手切れ金

 警察が、不正経理によってプールした裏ガネをどのように使っているかということについて、これまで私は、さまざまな場で話したり書いたりしてきた。

 しかし、今回書く内容は、まったくの未発表のものだ。私がまさに「身を捨てて」告白しなければならない、裏ガネの使途である。

 警備第1課に在任中、私は俗にいう「不倫」をしていた時期がある。気に入ったスナックを見つけて通っているうちに、女性従業員と「できてしまった」のである。

 そして、お定まりの「外泊」。ここで私は大失態をやらかした。

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2005年9月20日 (火)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(4)
周到な工作

 今、全国各地で「捜査費」のインチキが明らかになっている。「捜査協力者」が情報提供謝礼を警察から受け取った際に書いたとされる「領収書」は、実は警察で書いており、「捜査協力者」は実在しないという問題だ。

 現実に、「偽造領収書を書かされた」と、多くの警察官が証言している。

 しかし、直接会計業務に携わることが多い、私のような事務職員は、偽造領収書を書かされる機会はほとんどない。東京都や国の会計検査で、会計担当者の筆跡と捜査協力者の筆跡とが同一である書類を見せるわけにはいかないからだ。

 そんな私も、警備第1課のプロジェクトチームにいた頃は、直接の会計担当ではないということで、初めて「捜査費」の「偽造領収書」を書かされることとなった。

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2005年9月15日 (木)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(3)
カネのなる木

 警視庁機動隊員3,000名には、各隊から毎日の警備場所(国会、大使館など)への移動に対し、旅費が支払われている。いわゆる「出張」扱いになるためだ。

 月1億、年額なんと12億円だ!

 この出張は、隊から警備場所まで隊のバスで移動し、寝るのも、そのバスの中という形であるため、隊員個人が交通費やホテル代を立て替えるわけでもない。だから隊員は、毎日の警備が旅費をもらえる出張であるという認識はない。

 また当時(1997年)、この旅費は、機動隊を運用する「警備第1課」が3,000人分をまとめて代理請求・代理受領する仕組みだったので、個々の隊員が手続きにタッチすることもなかった。

 このため各隊では、本人に旅費の存在すら知らせず、会計担当が、一括保管している隊員の印鑑を勝手に使用して旅費を請求し、代理で警備第1課が受領した旅費は、そのまま課の金庫に納められ、裏ガネとしていた。金庫番は庶務担当管理官だ。

 繰り返すが、年12億円である。

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2005年9月14日 (水)

身をすててこそ浮かぶ瀬もあれ(2)
抜き取り

 1991年、私は東大和警察署に会計係長として着任した。引継ぎで前任者から「幹部研修費一覧表」なる書類を渡された。

 まず最初に、

「署長30,000、副署長20,000、課長10,000、警務課長代理と会計係長5,000」

 などと記載がある。このことは、私自身が前任の北沢署でも会計係長として幹部研修費(ヤミ手当)をもらっていたから、さほど驚きもしなかったが、まさに目からウロコが落ちたのは次のページだった。

「原資・交通課20,000、警備課30,000、地域課20,000、刑事防犯課30,000」。

 読者にはサッパリわからないだろうから、これらの記述に基づいて私がやったことを説明して、この意味をご理解いただこう。

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2005年9月 9日 (金)

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(1)
茶封筒

 私は1982年に警視庁に事務職員として採用され、まず本田(ほんでん)警察署(現葛飾警察署)会計厚生係に配置された。

 任された仕事のひとつに署の食堂や売店の経理があったが、最初の月から、食堂の毎日の売上を実際より低く計上し、浮いた現金を上司に渡すように言われ、また、月に何度か「売店」としての架空の領収書を提出することも指示された。私はこのときから既に、警察の「会計処理」に関して漠然とした「うさん臭さ」を感じていたが、まったくの新人でもあり、深く考えるほどの問題意識は持ち合わせていなかった。

 数カ月経ったある日、上司が私のデスクに歩み寄り、私に茶封筒を手渡した。中を見ると1000円札が3枚入っている。

「これは何ですか?」

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