2006年2月23日 (木)

第2次記者クラブ訴訟(13)
異常な光景

izumi  泉あい氏(39歳・写真)がルポライターをはじめたのは2005年1月。自身のブログ『Grip Blog~私が見た事実』だけが発表の場だ。

 とはいえ、「記者クラブの表と裏」と題する連載を見てもわかるとおり、がむしゃらに取材対象へ肉薄する姿は、久しく見たことがない、典型的なルポライターである。当然、読者もガンガン増え、反響もドシドシ寄せられた。

 2005年8月以降、衆議院議員選挙(同年9月11日投開票)取材をキッカケとして、泉氏は政治家へ肉薄する。福島瑞穂社民党党首に単独インタビューしたり、武部勤自民党幹事長や前原誠司民主党代表とブロガーらとの懇談会へ出席したりして、話題をふりまいた。いくつもの大手メディアが泉氏を記事で取り上げたほどだ。

 山岡俊介氏(ジャーナリスト)が「第2次記者クラブ訴訟」で証人として出廷した第5回口頭弁論(2005年7月20日・東京地方裁判所民事第50部)、泉氏は傍聴取材していた。翌日、泉氏は、『Grip Blog~私が見た事実』に〈記者クラブ制度を考える訴訟〉という記事を書いている。

 当時、筆者は泉氏と面識がなく、同年11月11日、「アジア記者クラブ」が主催する「『記者クラブ制度』は世界の非常識、情報カルテルだ」と題するシンポジウム(既報〈「記者クラブ問題」最先端事情〉参照)で、初めて声をかけられた。

 実は、第5回口頭弁論は開廷が遅れた。『Grip Blog~私が見た事実』記事では、こう描かれている。

《書記官が「もう少しお待ちください」と言ってからしばらくして、裁判官3人が高い所からご入場
黒いマントのような服を生まれてはじめて見ましたが、それに見とれる暇はありません
向かって右側の、まだ若いだろうと見える女性の右の鼻の穴に、ティッシュが刺さっていたからです
そんな姿で公の場に出なくてはならないなんて、同じ女性として同情します
笑ってティッシュの理由を説明することができれば、どんなにか楽だろうに…》

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(13)
異常な光景"

| | トラックバック (0)

2006年2月21日 (火)

第2次記者クラブ訴訟(12)
マスメディア改革は1市民がはじめられる

 インターネット新聞『JANJAN』(2006年2月17日付)に、〈寺澤有氏に聞く─「記者クラブ訴訟」判決の意味〉と題する記事が掲載された。取材と執筆は清水直子氏(フリーライター・「共謀罪に反対する表現者たちの会」メンバーでもある)。

『JANJAN』は、竹内謙氏(前鎌倉市長、元朝日新聞編集委員)らが2003年2月1日に創刊した。「すべての市民は記者である」として、「市民記者」が取材、執筆する記事を掲載する考え方は、韓国のインターネット新聞『オーマイニュース』と共通だ(既報〈日本でも『オーマイニュース』はつくれる!?〉〈『オーマイニュース』の現在と未来〉参照)。

 竹内氏は鎌倉市長時代、「記者室」を廃止して、すべてのジャーナリストが利用できる「広報メディアセンター」を新設したことで知られる。長年、何ら法律的な根拠がないまま、独占的、排他的に無償で「記者室」を利用していた記者クラブ加盟社記者らは、なすすべもなく追い出された。

 筆者は、数回、竹内氏と面談したことがあり、記者クラブ関連訴訟について、「勝つまでがんばれ」と励まされていた。

 こうして見てくると、『JANJAN』が「第2次記者クラブ訴訟」東京地方裁判所民事第50部(奥田隆文裁判長)判決を取り上げたのは当然かもしれない。

 しかし、記事から削除された部分もある。もともと、清水氏は以下のような文章で原稿を締めくくっていた。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(12)
マスメディア改革は1市民がはじめられる"

| | トラックバック (0)

2006年2月14日 (火)

第2次記者クラブ訴訟(11)
「(記者クラブ加盟社記者を)同じ仲間とは思ってません」

 奥田隆文裁判長(東京地方裁判所民事第50部)は、「フリーランスも記者クラブに加盟させてもらえばいい」と考えているようだ。山岡俊介氏(ジャーナリスト)に対する証人尋問から見てみよう。

奥田裁判長 記者クラブに確保されている座席を、フリーのジャーナリストにも回したらどうかというような申入れなり、協議というのは、されてないですか。

山岡氏 してないですね。

奥田裁判長 それは、どうしてしないのですか。

山岡氏 司法クラブだけでどうこうの問題ではありませんので、それを言っても、断られるのが目に見えているのでということですけど。

奥田裁判長 同じ裁判の報道をする立場として、申入れぐらいはしてもいいような気もするのですが、最初から断られると考えられる理由は何ですか。

山岡氏 私ははっきり言って、語弊はありますけど、同じ仲間とは思ってませんので。つまり、本当に体を張って報道しているのがフリーで、基本的に御用というか、当局発表のものを淡々と彼らはやっているからという、そういう認識なので、かなり意見が違うというか、同じ報道の顕然たる仲間という認識は、残念ながら否定せざるを得ないものですから。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(11)
「(記者クラブ加盟社記者を)同じ仲間とは思ってません」"

| | トラックバック (0)

2006年2月13日 (月)

第2次記者クラブ訴訟(10)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の受難

yamaokahouka  山岡俊介氏(ジャーナリスト)が「第2次記者クラブ訴訟」で証人として出廷したのが2005年7月20日。その17日前(2005年7月3日)、山岡氏の自宅マンション(東京都港区=当時)が放火されるという事件が発生している。

 事件当日、筆者も山岡氏の自宅マンションへ駆けつけたが、鉄製ドアが黒焦げとなり(写真)、居室もすすと水だらけというひどいありさまだった。

 証人尋問では、この放火事件についてもきかれた。

佃克彦弁護士(原告代理人) あなたは、今年の7月3日午前4時過ぎころ、何者かによって自宅に放火をされましたね。

山岡氏 はい。

佃弁護士 放火をされたとき、あなたは自宅にいたのですか。

山岡氏 ええ、いました。

佃弁護士 火がついていることに気付いたあなたは、どうしましたか。

山岡氏 1回は火を消そうとしたんですが、もう危なかったので、玄関が燃えて出られないし、2階のベランダからも高くて降りられないので、朝方4時ですけど、ベランダ越しに隣の部屋に移りました。その部屋は電気がついていたので、ドンドンとたたいて、火事なので入れてくれと言って、その部屋から出て逃げました。

佃弁護士 火を消そうとしたけれども、途中でやめたというのは、火が大きくて消せない状態だったということですか。

山岡氏 そうです。ガソリンみたいなものが、ものすごく燃えていたので。

佃弁護士 火は、消防署によって消してもらったのですよね。

山岡氏 そうです。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(10)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の受難"

| | トラックバック (1)

2006年2月10日 (金)

第2次記者クラブ訴訟(9)
記者会見すら報道しない記者クラブ

yamaokakishakaiken  2005年7月20日、第5回口頭弁論で、山岡俊介氏(ジャーナリスト)に対する証人尋問が行われた。原告(筆者)側が請求し、奥田隆文裁判長(東京地方裁判所民事第50部)が「山岡さんには話を聞いてみたい」と採用したものだ。

 反訳書からポイントを抜き出していく。

佃克彦弁護士(原告代理人) 「週刊プレイボーイ」2003年6月17日号原告執筆記事部分ですが、ここの1段目から2段目にかけて、あなたが5月27日に、武富士、同社会長の武井保雄氏及び興信所の三者を電気通信事業法違反の容疑で告訴したということが報じられていますけれども、この告訴をした日、あなたは記者会見を開きましたか。

山岡氏 数日してから開いたかもしれないですけど。

佃弁護士 開きましたね。

山岡氏 はい。

佃弁護士 その場所は、どこですか。

山岡氏 日本弁護士会館の部屋です。

佃弁護士 その記者会見の呼びかけは、どこに対してしましたか。

山岡氏 司法クラブを始め、各社の社会部門とか、諸々のところですけど。

佃弁護士 その呼びかけの結果、会見にはどういう報道機関が来ましたか。

山岡氏 全国紙のテレビ、新聞、通信社が全部来まして、あとはフリーの人とか諸々100人ぐらい来ました。

佃弁護士 それで会見をした結果、今おっしゃった全国紙、全国ネットの放送局、通信社は、あなたが告訴をしたという事実を報道しましたか。

山岡氏 いいえ、1社もしてませんけども。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(9)
記者会見すら報道しない記者クラブ"

| | トラックバック (0)

2006年2月 8日 (水)

第2次記者クラブ訴訟(8)
「稲葉事件」の判決要旨

「第2次記者クラブ訴訟」東京地方裁判所民事第50部(奥田隆文裁判長)判決は、裁判所がフリーランスへ判決要旨を交付しなくてもよいとして、以下のような理由も挙げる。

《判決要旨は、国民の関心が特に高いと考えられる事件について、判決の内容を迅速かつ正確に報道することを容易にする目的で、司法行政上の便宜供与として作成交付しているものであり、仮に対象者を限定しなかった場合には、判決要旨が、このような目的以外の事柄に利用される可能性もあり》

 しかし、「稲葉事件」の判決要旨は全文後掲(誤字等はママ)するとおり、「目的以外の事柄に利用される可能性」など、まったくないものである。

 それどころか、「判決要旨は、国民の関心が特に高いと考えられる事件について、判決の内容を迅速かつ正確に」伝えることが目的だというのだから、判決公判直後、裁判所がホームページへアップロードするべきものだ。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(8)
「稲葉事件」の判決要旨"

| | トラックバック (0)

2006年2月 7日 (火)

第2次記者クラブ訴訟(7)
弁護士も司法記者クラブに不満

niben 「第2次記者クラブ訴訟」提訴(2004年10月12日)後、第二東京弁護士会が発行する『二弁フロンティア』から原稿依頼があった。「記者の目」と題する連載企画に執筆してほしいというのだ。

 それまで、「記者の目」は司法記者クラブ加盟社記者らが持ち回りで執筆しており、「第14回」にしてフリーランス(筆者)が起用されることとなった。弁護士会も「記者」といえば、新聞社やテレビ局、通信社の社員しか思い浮かばなかったのであろう。

 うってつけと感じられたので、「第2次記者クラブ訴訟」について執筆した。「傍聴取材ができない!」というその1文(後掲)は、『二弁フロンティア』(2005年2月号・写真)に掲載され、弁護士数名から感想も聞いた。

 弁護士たちも司法記者クラブ加盟社記者らに不満があった。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(7)
弁護士も司法記者クラブに不満"

| | トラックバック (0)

2006年2月 3日 (金)

第2次記者クラブ訴訟(6)
奥田隆文裁判長が筆者にきいたこと

 2005年6月8日、第4回口頭弁論で筆者に対する原告本人尋問が行われた。実は、このとき、奥田隆文裁判長(東京地方裁判所民事第50部)は、「第2次記者クラブ訴訟」が提起した問題に、鋭く迫る質問をしているのである。以下、反訳書から奥田裁判長と筆者とのやりとりをすべて引用する(誤字等はママ)。

奥田裁判長 あなたは、取材用の記者席を設けるということ自体については、どんなお考えですか。

寺澤 それ自体は、必要なことかなというふうには思いますけど。

奥田裁判長 その理由は。

寺澤 やはり法廷というのは平日昼間に開かれてるわけですから、実際見たいという関心があっても、会社休んでも行くということはなかなかできないわけで、それを、やはり我々報道機関が伝えなければならないという、義務とか責任があると思いますから、やはりそれに裁判所のほうでも協力してもらって、一応裁判所のほうでも法廷は、開かれた裁判というものを目指してらっしゃるんでしょうから、そこはそういうふうにお互い、義務とか責任とかでやってくべきではないかというふうに思ってるからです。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(6)
奥田隆文裁判長が筆者にきいたこと"

| | トラックバック (0)

2006年2月 2日 (木)

第2次記者クラブ訴訟(5)
高田昌幸氏(北海道新聞東京支社国際部編集委員)の「陳述書」

takada  高田昌幸氏(北海道新聞東京支社国際部編集委員・写真)は、2005年6月まで「北海道新聞本社編集局報道本部次長」として、『北海道新聞』が北海道警察本部の裏ガネづくりを追及する際、中心的な役割を果たしてきた。

 ところで、すでに大手メディアが報道しているが、2006年1月31日、北海道新聞社は、「道警と函館税関『泳がせ捜査』失敗」「覚せい剤130キロ 道内流入?」「2000年、石狩湾新港に」「大麻も2トン、密売か」「捜査関係者ら複数が証言」「末端価格150億円超」などと見出しをつけた2005年3月13日付の記事について、「記事の書き方や見出し、裏付け要素に不十分な点があり、全体として誤った印象を与える不適切な記事と判断しました」(2006年1月14日付・「社告」より)として、高田氏を「けん責」処分とした。

 しかし、北海道警と函館税関による「泳がせ捜査」失敗は、「第2次記者クラブ訴訟」が提起された原因の1つ、「稲葉(圭昭元北海道警警部)事件」の刑事裁判でも出てきた話であり、それを報道する記事が「不適切な記事」となるはずがない。

 これには裏がある。2005年末、『日本タブー事件史』(宝島社)が文庫化されたとき、筆者が執筆していた「警察裏ガネ疑惑は道警だけじゃない!! 告発者が知る『警察庁キャリア』の名前」という記事に、以下のような文章を追加した。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(5)
高田昌幸氏(北海道新聞東京支社国際部編集委員)の「陳述書」"

| | トラックバック (0)

2006年2月 1日 (水)

第2次記者クラブ訴訟(4)
ハンス・ヴァン・デル・ルフト氏(特派員)の「陳述書」

hans  ハンス・ヴァン・デル・ルフト氏(写真・FCCJ機関誌より)は、『NRC Handelsblad』(オランダの新聞)の特派員であり、「社団法人日本外国特派員協会」(FCCJ)や「在日外国報道協会」(FPIJ)の会長も務めた大変な知日家だ。

 全文後掲する「陳述書」(甲第13号証)からもわかるとおり、ハンス氏は日本のジャーナリズムの現状を憂えている。

「日本のメディアは『記者クラブ』という組織をつくり、横並びの報道を続けています。国民が本当に知りたい、知らなければいけないことは、伝えていません」

 ハンス氏は、「第2次記者クラブ訴訟」東京地方裁判所民事第50部(奥田隆文裁判長)判決が原告(筆者)敗訴と聞き、こう述べた。

「判決は日本のジャーナリズムの弱い立場を表しています。『新聞社もテレビ局も出版社もフリーランスも、裁判所に記者席や判決要旨を要求する権利はない。ただし、新聞社とテレビ局には、裁判所が“お情け”で用意してあげる』というのですから。裁判所はジャーナリズムに対するリスペクト(敬意)がありません。これには、ジャーナリズム全体が怒るべきです」

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(4)
ハンス・ヴァン・デル・ルフト氏(特派員)の「陳述書」"

| | トラックバック (0)

2006年1月30日 (月)

第2次記者クラブ訴訟(3)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の「陳述書」

yamaoka 「第2次記者クラブ訴訟」では、マスコミ関係者3名が筆者の主張を支持するため、「陳述書」を書いてくれている。筆者と10年以上もつき合いがある山岡俊介氏(ジャーナリスト・写真)もその1人だ。

 山岡氏は「趣味は強い者いじめ」と公言するほど、ジャーナリズムの本道を行く人である。近年、邪道へ走るばかりの大手メディアに見切りをつけ、2004年10月、『情報紙「ストレイ・ドッグ」(山岡俊介取材メモ)』というブログを開設した。現在、1日に50,000以上もアクセスがある立派なメディアへ成長している。

 全文後掲する「陳述書」(甲第7号証・誤字等はママ)からもわかるとおり、山岡氏は筆者と一緒に、東京地方裁判所の法廷の記者席から排除された。我々がいちばん熱心に報道してきた、というよりいくつかの事情(「陳述書」参照)から大手メディアが一切報道しなかった、「武富士事件」の裁判の傍聴取材ができなかったのである。山岡氏も「陳述書」で憤慨しているが、まったく理不尽極まりない仕打ちだ。

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(3)
山岡俊介氏(ジャーナリスト)の「陳述書」"

| | トラックバック (0)

2006年1月27日 (金)

第2次記者クラブ訴訟(2)
筆者の「意見陳述書」

cambodia  第1回口頭弁論(2004年12月15日)で、筆者は「意見陳述書」(全文後掲)を読みあげた。

 とかく裁判官は非常識なので、小学生でもわかるような実例2つを挙げつつ、「記者クラブ」が世界中で日本にしか存在しない、異常なものだと説明した。「意見陳述書」は書証(甲第4号証)として提出もされている。

 しかし、後日(2006年1月25日)、奥田隆文裁判長ら(東京地方裁判所民事第50部)が言い渡した判決を見ると〔既報(第2次記者クラブ訴訟(1)「記者席も判決要旨も便宜供与」と東京地裁)参照〕、「非常識の壁」が歴然とある。我々は、「裁判所ひきこもり」「六法全書&判例集オタク」に通ずる言葉を持ちえていないと痛感する。

 とはいえ、「意見陳述書」末尾にもあるとおり、「徹底的に闘う」ことが必要である。「記者クラブ」のような、かつての「アパルトヘイト」にも匹敵する、明白な差別が永遠に続くわけがないからだ。

意見陳述書

2004年12月15日

(住所略)
寺澤有

 ある外国特派員がこう言っています。

「松本智津夫(麻原彰晃)被告の判決公判(2004年2月27日)を傍聴し、驚いた。江川紹子さん(ジャーナリスト)が記者席ではなく、一般傍聴席に座っていたからだ。オウム真理教事件といえば、彼女の追及があったからこそ、松本被告らの逮捕、起訴へとつながった。その第一人者が裁判所から『記者』として認められず、一般市民と同じ扱いを受けているのは、どう考えてもおかしい」

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(2)
筆者の「意見陳述書」"

| | トラックバック (0)

2006年1月26日 (木)

第2次記者クラブ訴訟(1)
「記者席も判決要旨も便宜供与」と東京地裁

 2006年1月25日、東京地方裁判所民事第50部(奥田隆文裁判長)で、筆者が原告の「第2次記者クラブ訴訟」(2004年10月12日提訴)の判決が言い渡された。「第2次」というからには「第1次」があるわけだが、そちらは記事を改めて解説したい。

「第2次記者クラブ訴訟」では、裁判所が記者クラブ加盟社記者だけに傍聴席と判決要旨を用意することが、日本国憲法第21条(取材・報道の自由)や同第14条(法の下の平等)に違反するか否かが争われた。事実関係と原告、被告(国)双方の主張は全文後掲する判決を見ていただきたい。

 奥田裁判長らは以下のような論理で「憲法違反はない」とした。

《報道の自由ないし取材の自由は、報道機関の報道行為、取材行為に対して国家機関が介入してはならないといういわゆる消極的な自由を意味するにとどまるのであり、国に対して一定の行為を請求することができるという積極的な権利まで当然に含むものではないから、報道機関が裁判所に傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求するというような権利が、当然に報道の自由ないし取材の自由に含まれることにはならない》

《裁判所が、記者クラブ加盟の報道機関の記者に対して、傍聴席を確保し、判決要旨を交付する措置を取っているところ、このような取扱いは、裁判の迅速かつ正確な報道に資するため、司法行改上の便宜供与として行われているにすぎないのであるから、このような取扱いがされているという事実があるからといって、報道機関が、裁判所に対して、傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求する権利を有しているということはできないし、また、このことは原告についても同様である》

《原告の主張は、結局、傍聴席の確保や判決要旨の交付を請求する権利を原告が有していることを前提とするものと解さざるを得ないところ、そのような前提自体が認められないのであるから、仮に、原告の要請に応じることが極めて容易であったというような事情があったとしても、原告に対して傍聴席が確保されず、また、判決要旨が交付されなかったことが、原告の報道の自由ないし取材の自由を侵害することになる余地はなく、裁判所の職員の行為が、憲法21条に違反し、違法であるとの原告の主張を採用することはできない》

続きを読む "第2次記者クラブ訴訟(1)
「記者席も判決要旨も便宜供与」と東京地裁"

| | トラックバック (0)